シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

言の葉の庭を訪ねて、春夏冬の新宿御苑

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令和六年6月18日、新宿に大雨が降った。火曜日。憂鬱な気分になるが今年は違う。この雨を待ち侘びていた。雨の言の葉の庭に行ける。

雨の言の葉の庭〜Rain〜

言の葉の庭』は靴に人生を捧げる15歳の孝雄が、27歳の古典教師・雪野に靴を作る物語。孤悲を卒業し、愛に向かう。旅立ちと卒業式の映画。雪野は「あの庭で靴がなくても歩ける練習をしていたの」と強がるが、コンクリートジャングルで生きるために靴はなくてはならない。いつもの如く、朝ごはんの卵かけご飯を食べになか卯へ。レインカバーをかけたザックを見たお姉さんが「あら、今日はリュックにお洋服、着せてるのね」とお菓子をくれた。

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新宿駅の東口を出て世界堂を見上げながら新宿門へ。開門直後の9時、意外にも人が結構いる。

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欅の息吹が瑞々しい。赤ちゃんのようにスーハー静かに呼吸している。

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孝雄のようにピョンピョン水溜まりを跳ねながら進む。晴れの日は何も意識せず歩く道も、波紋ができると無機質な地面に生命力を感じる。

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霞む摩天楼。雨はコンクリートで乾いた新宿に潤いと艶を与える。雨は都会の化粧水。人の砂漠に病んだ雪野にとって、雨の言の葉の庭はオアシス。

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川になった日本庭園を渡ると、藤棚が見えてくる。

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旧御凉亭(台湾閣)に人が多い。気にせず雨宿りの場所へ。画像

 

雨は雪に変わる前の水滴。孝雄に「雪」野を連れてくる。そして、孝雄は好きな女性の心の雪を溶かす。ふたりはふたりを待っていた。

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雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ

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東屋の天井に雨が打ちつける。雨はふたりの出逢いへの万雷の拍手、歓喜のタップダンス。

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恋は変化する。失うこともある。愛は永遠。愛は不滅。

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この東屋から雪野がいなくなっても、孝雄の愛は変わらない。

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鳴神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば

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言の葉の庭の雨は、空が淹れてくれたホットコーヒーのようにあったかい。美しいものがそこにあるのではない。美しいと想う心が美しいのだ。

言の葉の庭〜夏より

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新宿に住んでいると6月が来るたび、梅雨より先に『言の葉の庭』が訪れる。

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年上の社会人の女性に惹かれた学生という点で自分は孝雄と同じ。奈良から大阪の中学に通っていた中学3年生。校舎のトイレの前に購買部があり、そこで働くお姉さんが毎朝「おはよう」と声をかけてくれた。その声と笑顔が毎朝の目覚まし時計。そのためだけに退屈な授業を我慢していた。お姉さんの名前は知らない。その後、地元の駅で何度か会い、分かったのは同郷であること。高校生に上がり、校舎が変わってからは会わなくなった。結局、挨拶を交わしただけの片想いだった。

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2021年6月26日。令和3年の東京は梅雨入りしたのに、晴れの日ばかり。この日のために買ったゴッホの『ひまわり』の傘も使わなかった。

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訪れるのは、上京してすぐの2014年以来。あの時は桜の季節だった。自分が新宿に住む理由である『シティハンター』のエンディング曲にも登場する。Still Love Her。

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ふたりが雨宿りを重ねる東屋は日本庭園の奥にある。孝雄が入る新宿門から少し遠く、雪野が通う千駄ヶ谷門からは近い。

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朝9時の開園と同時に行ったので、まだ人がいない。孝雄と雪野の気配が薫ってくるようだ。本来なら東屋には雨が似合うが、晴れていても瑞々しい。

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初対面の朝、雪野は孝雄に万葉集の歌を詠む。

鳴る神の 少し響みて  さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ

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どんな女性も常に見えないSOSを放っている。ここではない何処かへ連れて行ってくれる存在を待っている。孝雄は雪野がひとりで歩けるように靴を作った。そして、靴を作ることで少しでも大人に近づこうとした。

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万葉集では恋を孤悲と表したが、この映画は「愛」の物語。雪野を自分に振り向かせたいからではなく、雪野がひとりで歩けるよう靴を作ろうとした。

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新宿御苑内にあるスターバックスで雪野と同じ珈琲を買い、孝雄と同じく家で作ったタマゴサンドを昼食に。自分はまだまだ、この映画のことを何も知らない。孝雄の気持ち、雪野との関係性をもっと深く、一途に知りたい。

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鳴る神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば

言の葉の庭の春、プリマヴェーラ

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プリマヴェーラ(春)が深まる5月。藤棚が見たくて言の葉の庭を訪れた。4連休初日。雲ひとつない青空。お日柄もよく、雨を主人公にした映画とは真逆の世界が広がった。9時の開園前から行列。近所のスタバで買ったコーヒーを手にゲートオープンを待っている。

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物書きとして独立して半年。毎日アパートと新宿駅直結のコワーキングスペースを往復する生活。会社員時代は深夜や休日にオフィスにいると閑けさが包んでくれた。しかし、今は休みの日も喧騒から逃れることはできない。

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アパートで仕事ができればいいが、外で遊ばないと気が済まない幼少を過ごし、そのまま歳をとってしまった。40歳になった今でも1秒も自宅にいたくない。

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無駄なことに頭を悩ませる。365日連休のボヘミアン、そんなラプソディが増えてくる。

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日本庭園を前にすると、東屋のにおいがする。訪れるのは3度目。

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今日も、ひっそりと咲くように東屋はある。

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まだ誰も来ていない。あと数時間後には列ができるだろう。

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朝ごはんの前の食前食。雪野が持ってきたお菓子とお茶。

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言の葉の庭に人工的な甘みの極みであるチョコレートは合わない。そのズレは雪野そのものであり、ズレを味わうことで、自分自身を自覚する。そうやって雪野は見失いそうになる自分を抱きしめていた。

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劇中で読んでいたのは夏目漱石の『行人』だが、愛のぬけがらを抱擁していた雪野にはムンクが合う。

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本来なら藤棚が見える場所。

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5月が見頃と聞いていたが、掃除の男性スタッフに訊くと4月の中頃には終わったらしい。10年前と違って、東京は晩春を失ってしまった。桜が散ると、春の余韻に浸る暇もなく初夏がやってくる。

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見上げれば麗しい新緑の光が注ぎ込む。

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藤棚に逢いに、来年4月、今度は雨の日に来よう。もうすぐ梅雨が訪れる。言の葉の庭の季節がやってくる。

雪の言の葉の庭Snow Drop

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何年かに一度、東京に大雪が降るようになった。最初は上京してすぐの2014年。30センチ以上の積雪を記録した「平成26年の大雪」。これが登山家との出逢いを産んでくれた。大雪が降るたびに代官山の夜を思い出す。数年前から雪が積もったら行こうと決めていた場所があった。

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令和6年2月6日の新宿御苑は一面の雪景色。開苑は1時間延びて10時。ガラガラだろうか、それとも美しい雪原を見る観光客が多いだろうか。答えは後者だった。

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雪を泳ぐ子ども。火曜日なのに小学校は休みなのだろうか。青春はいつも純白だ。

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フリーランスの物書きになったことで、お金は無くなったが時間だけは自分で決められる。収入とトレードオフで自由を手にした。借金があるのに働かずに遊んでいる。これじゃあ子どもと同じだ。ナイキの靴をビショビショにしながら雪を泳ぐ。

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ひとりぼっちのベンチ。雪の布団をかぶっている。

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藤棚で雨宿りしながら、孝雄と雪野が見た旧御凉亭。目指す場所はもうすぐ。

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変わらない東屋。いつ来ても、ここには孝雄と雪野の鼓動がある。息吹がある。温度がある。

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孝雄は手紙と靴を持って、雪野(雪の)日に東屋を訪れた。 あえて雪の日を選んだのか、手紙を届いた日が雪だったのか分からない。だが、この風景には孝雄の一途な想いが宿っている。

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孝雄が靴を置いたベンチ。雪野のために作った靴。孝雄は心の靴を渡した。言の葉の庭は、15歳の孤悲が愛に背伸びする物語。

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孝雄にとって、新しい人生をはじめる純白のキャンバス。ここに新しい靴のデザインを描く。新海誠は「風景」を「情景」に変える。次に東屋に来るのは梅雨。雨の言の葉の庭

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藤棚の横を通って千駄ヶ谷門へ。

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駅から5分ほど歩いた場所に孝雄がアルバイトした中華料理屋『猪八戒』がある。

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孝雄おすすめの『鶏肉カシューナッツ炒め』1,280円。甘いピリ辛の不思議な旨さ。恋の二股は断罪されるが、味覚の二股は正義。愛の二股も正義。名物の小籠包や刀削麺じゃなく、鶏肉カシューナッツ炒めを勧めるところが靴職人。ちょっと子どもでオトナな味に孝雄が宿っている。

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ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

秒速5センチメートルの舞台を追う

星を追う子どもをつかまえに

君の名は。を逢瀬する

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

彼女と彼女の猫を巡る