シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

秒速5センチメートルを巡る〜東京、岩舟

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桜の季節になると『秒速5センチメートル』が観たくなる。毎日、目覚ましは『想い出は遠くの日々』。3月に入るとソワソワする。作品を見ることはもちろん、舞台となった場所も訪れたい。第2章『コスモナウト』は種子島だが、そのほかは新宿から近い。

西参道の電話ボックス

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新宿のアパートから参宮橋に向かう途中に、西参道の電話ボックスはある。真上には首都高が走り、視線の先に桜が咲いていた。何より公開から15年たった令和になっても電話ボックスが撤去されていないことに驚く。ここは小学6年生の明里が貴樹に転校を告げる場所。なぜ明里は冬の寒空のなか、自宅ではなく公衆電話からかけたのか。母親に聞かれたくなかったのか、母を心配させまいとする優しさなのか。家にいる貴樹と外にいる明里。家電と公衆電話。離れていく明里と残る貴樹。画像

孤独な夜の明里を想うと、明里の残像が見えて少し胸が締め付けられた。これが新海誠の力。

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参宮橋公園の三叉路

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参宮橋の商店街に入ると脇にがある。幼少期のふたりも、27歳になった貴樹も歩いた。三叉路は別れ道であり、クロスロードでもある。映画の中では参宮橋公園に満開の桜が咲いている。これこそ新海誠が実写ではなくアニメーションを撮る意味。現実の世界をデザインし、新たな世界を創造する。リアルよりも本物を描くのがアニメーション。

代々木八幡神宮

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参宮橋を少し南に行くと、代々木八幡神社がある。ここは明里が野良猫のチョビを愛でる場所。「ミミはどうしたの?」と話しかける。『彼女と彼女の猫』で登場する2匹。夫婦になっておらず友達のままのようだ。なんでもないシーンだが、猫が結ばれない明里と貴樹に重なり、ふたりの未来がシンクロする。新海誠は暗喩の天才だ。また、ここが神社であるのも新海誠らしい。秒速5センチメートルを皮切りに、古事記(星を追う子ども)、万葉集(言の葉の庭)、神話(君の名は。天気の子)など日本ローカルの色を強めていく。

参宮橋の踏切

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参宮橋の踏切。遮断機は『秒速5センチメートル』において最も重要な小道具であり、第一章『桜花抄』ではふたりを隔てる断絶の象徴として描いた。明里は貴樹を置いて線路の向こうに駆け出してしまう。少女はいつも少年の前をいく。

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第三章では別の踏切でふたりは再会するが、無意識のうちにこの踏切を避けたのだろう。同じ踏切でも、描き方によって正反対の意味を宿す。『秒速5センチメートル』は深掘れば深掘るほど、その深淵が現れる。「桜花抄」では遮断機を断絶として描いたが、大切なことは断絶で止まるのではなく、断絶の先にあるものを見つめること。『秒速5センチメートル』は圧倒的な未来形に満ちている。

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代々木の踏切

秒速5センチメートルのラストシーンの踏切は渋谷区にある。新宿のアパートからは歩いて30分ちょっと。自転車を使えば楽だが、そのあと代々木公園と栃木の岩舟も訪れるので歩くことにした。雲ひとつない快晴の3月27日は、さくらの日。3(さ)×9(く)=27日とこじつけだが縁起がいい。しかも翌日は豪雨で花が散ってしまったので、満開はラストチャンスだった。

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ラストは最も好きなシーンだ。新海誠のノベライズで貴樹は中野坂上に住んでいたから、ここまで結構な距離だ。明里との思い出を求めて、わざわざ足を運んだのか。そうやって妄想を膨らませるのも楽しい。

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新海誠は、小道具を重要なキャラクターとして使う。今作では「踏切」がそうだ。第1章は貴樹と明里を引き裂く遮断の象徴として。第3章では遮断機の棹が上がり、貴樹の新しい人生の幕開けを表現した。踏切を人生の指揮棒のように操り、絶望と希望の両極を奏でる。桜は涙であり、花びらが舞い散るとき、貴樹の涙も枯れ、ようやく秒速5センチメートルで前に歩き出す。

代々木公園の桜

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その足で代々木公園に向かう。嘘か誠か、貴樹と明里がサヨナラのファーストキスを交わした桜は代々木公園の木がモチーフらしい。この日を境に、明里の心からは貴樹が雪のように溶けていき、貴樹の心には明里が棲みつく。何かの終わりは始まり。終わるからこそ、人はリスタートできる。「踏切」と「桜」という関係ない2つを交差させた新海誠の感性。

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すっかり長居し、12時を過ぎてしまった。慌てて原宿駅から新宿に向かい、栃木の岩舟を目指す。

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武蔵浦和

秒速5センチメートルを巡る〜東京、岩舟の聖地巡礼,武蔵浦和

映画が公開された2007年は、新宿から埼京線で大宮を経由して小山駅に行く。貴樹が新宿駅で買った切符は1620円。各駅停車の大宮駅に乗り、武蔵浦和で途中下車。大宮行きの快速列車に乗り換える。今は湘南新宿ラインで直接、小山駅へ行けるようになった。

秒速5センチメートルを巡る〜東京、岩舟の聖地巡礼

貴樹は新宿から大宮駅に直通で行かず、一度、武蔵浦和で降りて大宮行きの快速列車に乗り換える。武蔵浦和のホームの一番前で雪を見上げると、明里が転校を告げる電話をしてきた夜を思い出す。明里を突き落とし傷つけた悔恨の夜。なぜ、車内で思い出さず、わざわざ武蔵浦和の駅を舞台にしたのか。昔、新海誠が住んでいたからという単純な理由ではない。

秒速5センチメートルを巡る〜東京、岩舟の聖地巡礼,武蔵浦和

新海誠はまったく別の作品を生み出しても、魂の継承をしている。新海誠の映画はシリーズではないが、大河ドラマである。雪はやむが、雪が降った時空はやまない。雪は慈川におち、大河になり、大海原へ旅立つ。雪は旅人である。雪は貴樹そのものなのだ。

小山駅(駅そば)

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小山駅から岩舟に向かう両毛線の乗り換えは40分待ち。明里に逢うためのRPGは簡単にはいかない。作品でも登場する駅そば。現在は両毛線から宇都宮線のホームに移動していた。腹を空かせて待っている明里を想い、貴樹が空腹に耐えるシーンが胸を打つ。

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明里も恋人もいない自分は、遠慮なく鶏肉そばを注文した。素直でやさしい味。雪の夜に食べればどれほど五臓六腑に沁みるだろう。

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両毛線のホームの寂寥感は貴樹の心象風景でもある。風景とリンクさせるのが新海誠は上手い。小山駅を選んだ嗅覚も凄い。

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暖を求めた貴樹は自販機でコーヒーを買おうとするが、お金を出そうとしたときの風で明里への手紙が飛んでいく。このシーンは、届かぬ恋心を表現した大胆にして繊細な描写だ。

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岩舟駅

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14時過ぎに着いた岩舟駅は気持ち良いほど何もなかった。都会の喧騒が消えたオアシス。

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「無」と「地平線」。山に囲まれ、利便性から置き去りにされた町で明里はどんな学生時代を生きたのだろうか。

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田んぼには不法投棄のゴミが散々している。都会の人間は地方に清らかなイメージを抱くが、実際は荒んでいることが多い。それでも道ですれ違う全員が「こんにちは」と笑顔で挨拶をくれる。よそ者に排他的な地域も多い中、子供から大人まで心が澄んでいる。明里がどんな大人になっていったか想像できた。

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桜は日本人の一番好きな花だけあって、この時期は石を投げれば桜にぶつかる。毎日、飽きるほど見ているが、やはり来年も桜を待ち侘びているはず。不思議な花だ。

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駅の近くに『こまば亭』というご飯屋さんがあったが準備中。電話して聞くと17時から。県道まで歩き、セブンイレブンのイートインで時間を潰した。

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こまば亭

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創業から45年以上続く店は、元々うなぎ専門店。店に入ると68歳になる女将さんが「電話くれた方ですか?お待たせしてすみません」と丁寧に迎えてくれた。蕎麦を仕込んで準備中だったという。

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3,100円と奮発し、鰻重と蕎麦のセットを注文。正直、期待していなかったが、味は人格に直結するのか。ミシュランで星を獲った東京の鰻も2度食べたが、こちらが遙かに上。しかも愛知のひつまぶしを含めても、人生で食べた鰻でいちばん美味しい。皮はパリパリ、実はモチモチ。やさしい旨味がタレと一緒に溢れてくる。

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旅とは珈琲でもある。美味しいコーヒー、人生最高のコーヒーを更新するために、人は旅をする。旅先で出逢うコーヒーには逸品が多いが、こまば亭もまたブラックで飲んでしまうほど苦味が一切なく、淹れてくれたご主人の人柄そのまま。「どこから来られたんですか?」と聞かれ「新宿です」と答えても嫌な顔ひとつせず、「気をつけて帰ってくださいね。お待たせしてすみませんでした」と笑顔で送り出してくれた。「人生で食べた鰻でいちばん美味しかった」と伝えればよかった。

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岩舟駅(ほうじ茶)

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貴樹が初めてほうじ茶を飲む岩舟駅の待合室は長椅子になっている。有人から無人駅に変わり、ストーブはない。帰りの電車を待つ間、駅前の自販機で買ったペットボトルの綾鷹のほうじ茶を飲んでみた。たまらなく美味しい。これが旅だ。日常の味を非日常に昇華させてくれる。こまば亭の女将さんによると、第1章に登場する桜の一本木が近くにあるという。夜だったので場所を聞かなかったが、次に訪れたときに詳しく聞いて行きたい。貴樹と明里が逢ったのは3月4日。この日は世界中から岩舟にファンが押し寄せる。2年後の2023年は土曜日。人生の宿題ができた。

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Amazonプライムで観る:『秒速5センチメートル

ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

星を追う子どもをつかまえに

言の葉の庭の舞台を巡る

君の名は。を逢瀬する

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

彼女と彼女の猫を巡る

新海誠と新宿

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