シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

天気の子を見上げて

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令和四年は6月に梅雨がなくなった。『天気の子』の公開から丸3年を迎えた7月19日は、各地を未曾有の大雨が襲った。まるで映画を再現したかのように。『天気の子』の舞台はすべて東京。これは新海誠の7作で唯一。主な舞台は新宿、池袋、田端、そして神津島。この狭い空間に新海誠は壮大なドラマと強靭な魂を凝縮させた。

歌舞伎町

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神津島から脱出した帆高が向かったのはネオンの街、歌舞伎町。眩い光を求めた帆高にとって、荒廃した砂漠の黄金宮殿になるはずだった。しかし、令和の都会はすでに高齢化し、若者の夢や野望を受け止める力は失っていた。

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都会で最も人に溢れる歌舞伎町は、自分の欲望の面倒を見ることで精いっぱい。孤独な少年に構う余裕はなく、雨のように冷たい人情で帆高の孤独が深まる。歌舞伎町に来たのは帆高の意思だが、雨に呼ばれたとも言える。神津島から抱えてきた『ライ麦畑でつかまえて』は崖から落ちそうになる子どもをキャッチしようとする話。大人たちの欲望に塗れた歌舞伎町は、ライ麦畑そのもの。そして、帆高は歌舞伎町の闇に堕ちかける陽菜をキャッチする。帆高はホールデン・コールフィールド。物語の終盤、今度は人柱になろうした陽菜も帆高はキャッチする。『天気の子』は日本版『ライ麦畑でつかまえて』なのである。

西武新宿前のマクドナルド

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帆高と陽菜は西武線の前のマクドナルドで出逢う。4階の奥の席で帆高は3日間連続で居座り、陽菜から声をかけられた。なぜ新海誠が邂逅の場所にマクドナルドを選んだのか?今では日常の場所でジャンクフードの代名詞になっているが、自分が奈良にいた子どもの頃は休日のご褒美といえばマクドナルド。外国の味に触れられる非日常空間で、ビッグマックがなかった時代のいちばんはテリヤキバーガーだった。

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陽菜からもらったビッグマックを食べた帆高は「僕の16年の人生で、あれがいちばん美味しい夕食だったと思う」と語る。新海誠は食べ物の扱いが世界一うまい映画監督だ。
帆高のセリフには、温かい家庭に恵まれなった境遇と、温かい一夜の恩によって陽菜を救おうとする両極が込められている。たった一言のセリフに新海誠はプラスとマイナスのふたつの心を宿した。

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ちなみに、陽菜が住む田端駅の北口にマクドナルドはある。休日は行列ができるほど人気で、時給を考えれば往復1時間近くかけて新宿に行くよりいい。帆高と出逢うために運命に導かれたのか、それとも晴れ女になった代々木ビルが近くにある新宿に引き寄せられたのか。

田端駅の南口

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ラストシーンでふたりが3年ぶりに再会する場所に、新海誠は田端駅の南口を選んだ。北口のほうが栄えており、恋人が出逢うのにオシャレな田端大橋もある。従来の映画やドラマは、橋の上で男女を出逢わせる。

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しかし、新海誠は坂の上でふたりを結ぶ。『君の名は。』では須賀神社の階段だった。本作に登場する豊島区の「のぞき坂」もそう。

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そこには、どんな障害があろうと、自らの意志で登っていく決意が込められている。恋愛は人間だけに与えられた感情なのだろう。動物や植物も恋愛するかもしれないが、人間の特権の気がする。恋愛はふたりでするもの。だったら周りが何を言おうが、自分たちの気持ちを貫いたほうがいい。だから最後に帆高は「ぼくたちは大丈夫だ」を陽菜に叫ぶ。

気象神社(高円寺)

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高円寺には日本で唯一、天気に関連した『気象神社』がある。祭神は八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)。晴・曇・雨・雪・雷・風・霜・霧を司どる。下駄の絵馬に願いを書くが、みんな晴れだけを祈ると思いきや、農家さんは降雨を、スキー場や関連店は降雪を願う。

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新海誠は八つの天気すべてを慈しむ。雨、雪を空の「音楽」として、空の匂いを連れてくる「香水」として。雷や風を魂や想いを連れてくる「乗り物」として、曇・霜・霧をその先にある未来へのカーテンとして。

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この日、天気予報では晴だったが、ずっと小雨。それでいい。だからこそ「明日は晴れる」と言える。最初は下駄の「好天守」を買うつもりだったが、太陽のマークが愛おしい「晴守」を買った。

朝日稲荷神社(東銀座)

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銀座から日比谷線に乗り換え、東銀座駅へ。登山家の手伝いで何度も来たが、懐かしさよりも緊張感で背筋が伸びる。

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9時半になるまでモーニング。サンドウィッチは東銀座で。

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朝日稲荷神社は大広朝日ビルの屋上にある。8階までエレベータを使い、そこから非常階段で上がる。帆高が駆け上がった代々木会館にそっくりだ。

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陽菜が晴れ女として宿命を背負い、帆高が人柱になる陽菜を連れ戻す神社は朝の祝福を浴びていた。

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空を見上げると、最高密度のブルー。我々は天気によって気分を変えられ、行動を抑制される。人類の歴史は天気の歴史だ。だが、曇りであれ雨であれ雪であれ、ひとは空を見上げる。どんな天気であっても、いつだって上を目指せる。心が晴れれば、それでいい。何かを願う気持ちさえあれば、僕たちはきっと大丈夫だ。

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