シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

『シャレード』〜危険の隣で微笑めるか、未確定という名の恋のゲーム

『シャレード』

『シャレード』(原題:Charade)は、1963年公開のアメリカ映画。監督は『雨に唄えば』のスタンリー・ドーネン、主演はケーリー・グラントとオードリー・ヘプバーン。題名の「シャレード」は謎解きゲームの意味であり、この映画自体が「相手の正体」「言葉の真偽」「愛の行き先」を、軽やかなサスペンスとして転がしていく。

スタッフ

  • 監督・製作:スタンリー・ドーネン
  • 脚本:ピーター・ストーン
  • 音楽:ヘンリー・マンシーニ
  • 撮影:チャールズ・ラング・Jr
  • 配給:ユニバーサル・ピクチャーズ
  • 公開:1963年12月5日(アメリカ)/1963年12月21日(日本)
  • 上映時間:113分

『北北西に進路を取れ』のような映画を作りたかったスタンリー・ドーネンは、ピーター・ストーン、マーク・ベーム合作の小説「Charade」の映画化の権利を買った。

ジバンシィが提供したヘプバーンの衣装が話題となった。パリの街並みを背景に、死と金と偽名が絡むのに、空気はどこか洒落ている。危険を“洗練”で包み、恋を“疑い”で磨く。

キャスト

『シャレード』

  • ピーター・ジョシュア:ケーリー・グラント
  • レジーナ・ランパート:オードリー・ヘプバーン
  • ハミルトン・バーソロミュー:ウォルター・マッソー
  • テックス・ペンソロー:ジェームズ・コバーン
  • ハーマン・スコビー:ジョージ・ケネディ
  • レオポルド・W・ギデオン:ネッド・グラス
  • シルヴィ・ゴーデット:ドミニク・ミノット
  • エドアルド・グランピエール警部:ジャック・マラン

当初、オードリー・ヘプバーンとケーリー・グラントに出演依頼をしたところ、ヘプバーンは承諾したが、グラントは断った。次にポール・ニューマンを指名し、承諾をもらったが、主演料が高すぎて実現しなかった。その後、グラントが出演をOKし、この映画が実現した。

テックス役にジェームズ・コバーンを推薦したのはオードリー・ヘプバーンである。

あらすじ

『シャレード』

スキー旅行先で離婚を決意したレジーナは、パリの自宅へ戻る。だが部屋は空っぽで、夫チャールズもいない。ほどなく警部から、夫が列車から突き落とされて死んだと告げられる。遺品の手帳や偽名のパスポート、出し損ねた手紙。残されたものは小さく、しかし不穏だ。

さらに夫の葬儀に現れた三人の男たちが、25万ドル相当の“何か”を要求してレジーナを追い詰める。頼れるのは、旅行先で知り合ったピーター・ジョシュアだけ。だが彼もまた、何者なのか分からない。味方の顔をした危険か、危険の顔をした味方か。
手がかりを追うほどに人が消え、名前が変わり、真実の輪郭がズレていく。やがてレジーナは、夫の遺品に貼られた切手こそが“金”の正体だと気づくが、その瞬間、ゲームは最終局面へ進む。

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映画レビュー:信じるとは、相手の「未確定」を抱きしめること

『シャレード』

『シャレード』は、謎解き映画の顔をしているが、核心はもう少し私的だ。ここで描かれているのは「人は、他人をどこまで分かりたいのか」という欲望である。

レジーナの世界は、夫の死によって一度リセットされる。家財も、生活も、夫婦という前提も消える。残るのは“痕跡”だけだ。小さなバッグ、メモ、櫛、偽名のパスポート。他人の人生は、最後には持ち物のサイズに縮む。その縮み方が、妙に冷たい。

そこで現れるピーター・ジョシュアは、救いに見える。だがこの映画は優しくない。救いが来たとき、同時に疑いも来る。ピーターは名を変え、立場を変え、顔色を変える。レジーナは守られるたびに、相手が分からなくなる。ここが『シャレード』の面白さだ。ロマンティックな関係とは本来、安心の装置になりがちだが、この映画では逆に、恋が“情報不足”を増やしていく。近づけば近づくほど、相手が遠くなる。

では、信頼とは何か。この映画が出す答えは単純で、少し苦い。信頼とは、確証を積み上げて完成するものではない。むしろ「確証がない状態」を一定時間、耐える能力である。相手の正体が未確定でも、手を離さない。怖いのに一緒に歩く。この感覚は、恋愛というより、人生の現実に近い。

もう一つ重要なのは「価値」の扱いだ。25万ドルは、金塊でも札束でもなく、切手として現れる。価値は、どこにでも隠れられる。見方が変われば紙切れにもなる。この映画で追われているのは金そのものではなく、「価値があると信じさせる力」だ。だから人は殺し、脅し、演技をする。価値は人の顔を変える。

そしてレジーナは、追い詰められても“軽さ”を失わない。怯えながらも、品を崩さない。その振る舞いがサスペンスを洒落に変える。恐怖のただ中で、身だしなみや会話の調子を保つことは、現実に対する小さな反抗でもある。マンシーニの音楽もまた、緊張を煽るより、危うさを上品に整える。ここでは不安が、そのままエレガンスになる。

『シャレード』の恋は、理想の相手を見つける話ではない。理想が崩れる場面を何度も見せられたあとで、それでも「この人となら、分からないままでもいい」と腹を決める話だ。

世界は最後まで完全には説明されない。人もまた完全には分からない。それでも誰かと手を組むことはできる。謎が解けたからではない。謎を抱えたままでも、前へ進めるからだ。

この映画が洒落ているのは、危険を遠ざけているからではない。危険の隣で、微笑む方法を知っているからだ。

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