シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

新海誠 another world

新海誠 another world

新海誠を「映画監督」と呼ぶのをはばかる理由は映像作品のレパートリーの多さ、その秀逸さにある。日本ファルコム在籍時から「映画」ではなく「映像」を創りたいと語っていた新海誠

初期の作品には声のセリフがない。音楽はあるが、新海誠はサイレントムービーを作ってきた。映画とは活動写真であり、本来、音やセリフを必要としないもの。黒澤明の強みであり欠点はトーキーしか撮っていないことにあるが、新海誠は映像の黎明をサイレントにしたことが奏功している。

映画とは異なる、もうひとつの世界を見ていきたい。

遠い世界(1999年)

新海誠、遠い世界(1999年)

1999年2月1日。名義は本名の新津誠。日本ファルコムの社員時代である1997年から制作を開始した最初期のアニメーション。

1分28秒、セリフは字幕のみ。ピアノ独奏曲『ジムノペティ 第1番』の旋律に乗って世界は進行する。

エリック・サティの曲のテーマは「ゆっくりと苦しみをもって」(Lent et douloureux)。まさに映像とリンクする。新海誠の音楽を選ぶ才能はすでに萌芽していた。

苦悩する主人公の男性は顔も名前も明かされない。最初のセリフは恋人の「そら とびたい?」。ひらがな。空への逃避行は代名詞となる鳥ではなく模型の飛行機。

映像は地上へと降り、日常に引き戻される。やがて空想(飛行機)は現実(電車)へ。行き先は「小海」。新海誠のふるさと。その後、帰京したふたりは会津や磐梯などの北国へ向かう。

新海誠は何のために映像をつくるのか。その答えが『遠い世界』にある。

ミカコに、貴樹に、明日菜に、雪野に、帆高に、新海誠はどの映画でも孤独に寄り添ってきた。『遠い世界』で自身の孤独を救いとろうとした新海誠は『彼女と彼女の猫』で猫となって彼女の孤独に寄り添う。

自身の映像が、どこか遠い世界にいる人たちの孤独に届くかもしれない。その人たちが、ほんとうの半分を見つけるまで、そっと手を添えるようにそばにいる。

イースIIエターナル(2000年)

新海誠、イースIIエターナル(2000年)

日本ファルコム。まだ会社員である新津誠の作品。ゲームのオープニング動画は、新海誠の原点と言っていい。

1分53秒のムービーはセリフがなく、ゲームミュージックに画像ファイルを当てはめる手法。主人公アドルやヒロインのリリアの登場はわずか。上空を舞う鳥は新海自身が大好きという『ふしぎの海のナディア』から影響を受けている。遥かを見つめる遠景を駆使することで異世界へのロマンをかき立て、古代王国イースに導いている。

イース』シリーズをはじめ、『ドラゴンクエスト』などRPGは受け身である映画やテレビアニメと違い、自分が主人公を動かす。自分の人生の主役は自分であることを再認識する。その魂は新海誠の映像のすべてに刻まれている。

「本当に自分がやりたかったことと真っ直ぐ直結した」と語る新海誠は自信を持って『彼女と彼女の猫』の制作に踏み切っていく。そして、古代王国イースの世界は『星を追う子ども』のアガルタに通じてる。

新海誠は過去を過去のままにしない。過去を現在へ、そして未来へ結んでいく。

笑顔(2003年)

笑顔(2003年)

NHKみんなのうた『笑顔』のミュージックビデオ。『雲のむこう、約束の場所』と同時期に制作された。

映画作品以外の新海誠の最高傑作を選べと言われたら、この2分20秒の『笑顔』を推す。「2」は新海誠を象徴する数字。『ほしのこえ』が公開された2002年2月2日。

『笑顔』は、寄り添うふたりの関係性を描いた童謡。この曖昧で広大な物語を新海誠は少女とハムスターの世界に落とし込み昇華させた。

笑顔の主は女性だが、回し車や草原を駆けるハムスターのココアが笑顔の強度を倍増させる。新海誠がハムスターを飼っていたそうだが、歌を聴かなくとも愛らしいココアが映るだけで観ている側が笑顔になってしまう。

新海誠は聴覚の住人であるはずの音楽を見せることができる稀有なアニメーション監督だ。

信濃毎日新聞テレビCM(2007年)

信濃毎日新聞テレビCM(2007年)タイトルがない。名もなき詩。舞台は故郷・小海。この15秒の映像のためにロケを敢行し、6人のスタッフ、1ヶ月の制作期間を費やした。

そして、自ら撮った写真にトンネルやガードレールを足す。何気ない日常をすくいとり、そこに心象風景をミックスさせる。この足し算こそ新海誠が実写ではなくアニメーションを作る意味。

新海誠は父と娘を描くことが多い。雌猫を愛でる親として、自身が娘を持つ父として、新海誠の作品は「父性」が鍵を握る。男親はドンと構えているようで、その実は娘から父親に育ててもらっている。父性は子が育てる。

このCMでも、少女が「おとうさん」と叫ぶからこそ、父は父親になれる。少女の声は小海線の車内にいる父には届かない。しかし、何かを伝えようとする涙(想い)は届いている。

「伝える」ことを使命とする新聞社と見事にシンクロさせたテレビCM。

猫の集会(2007年)

新海誠、猫の集会(2007年)

NHKテレビ番組「アニ*クリ15」にて放送された短編アニメーション。音楽は天門。登場するキャラの中で唯一名前がある猫の「チョビ」は、新海誠の愛猫さゆりがモデル。

気持ちよさげに寝ているチョビが母、祖母、父、娘の4人から尻尾を踏まれる日常から物語は始まる。人間の無神経さに業を煮やしたチョビは猫の集会を開く。「復讐」と呼応するには少し大げさな猫の嫉妬を、ゴジラのように街を破壊することで浮かび上がらせている。

だが、ご飯を食べることであっという間に日常に引き戻される。日常から非日常へのループ、アンバランスは『ほしのこえ』から伝承された設計力であり、テレビアニメであっても衰えない。

猫と人間のすれ違いを描きながら、娘とチョビの声は寺崎裕香が演じ、分断ではなく結びを描いている。そして猫の気持ちを代弁しながらも決して同情や差別はせず、俯瞰して均衡を保っている。この距離感、寸止めこそが、新海誠

大成建設テレビCM(2011年)

新海誠、大成建設テレビCM(2011年)

大成建設のテレビCM。2013年の「スリランカ高速道路」篇と並ぶ出色が、初めて手がけた「ボスポラス海峡トンネル」。トルコでロケハンも行われた。ゲームのオープニングと同じく、まず音を作ってから、そこに映像を当てはめていく。

桜の舞う田舎の学校で独り1m65cmの走り高跳びにチャレンジする女子高校生。映像はすぐに海底60mの海峡鉄道トンネルの土木建設現場で働く技術者に切り替わる。

アジアとヨーロッパをつなぐ「地図に残る仕事」。学生時代に超えられなかった自分の限界を今度こそ超えようとする女性にフォーカスすることで、仕事とは何か、そして大成建設の存在感を描く。焦点をあてるのは仕事ではなく「人」

秒速5センチメートル』に使われた独自の彩色方法を踏襲し、主題歌は『星を追う子ども』の熊木杏里。これまで培ってきた財産によって、新海誠新海誠の光を放っている。

だれかのまなざし(2013年)

新海誠、だれかのまなざし(2013年)

言の葉の庭』と同時期に作られた野村不動産グループの6分40秒のコンセプトムービー。タイトルがすべて、ひらがなになっているのは『ほしのこえ』と本作のみ。

今作も新海誠は父と娘を描く。語り部は老猫のミーさん。『彼女と彼女の猫』と同じ手法をとっているが、彼女の孤独に寄り添ったチョビとは役割が違う。この雌猫は母親の代わりであり、そのまなざしが父と娘をつなぎ、家族を構築する。

ミーさんの死によって、思い出の詰まったマンションで家族は家族を取り戻す。野村不動産と関係ないように見えて、家族を描くことで「住」を透かしている。触れるわけでも聴かせるわけでもない、まなざしを向ける強度。

そこには新海誠のまなざしがある。タイトルが『ねこのまなざし』ではなく「だれか」になっているのは、すべての人のまなざしが未来を創ることを示唆している。

クロスロード(2014年)

新海誠、クロスロード(2014年)

Z会とコラボしたYouTube動画。120秒のウェブCM。大学合格を目指す受験生に「ひとりじゃない!」のメッセージを届ける。

新海誠はタイトルにカタカナを使わない。映画作品では唯一、『秒速5センチメートル』にカタカナが入っている。そして、カタカナだけの題名は、『クロスロード』のみ。

離島に住む海帆(みほ)と都内でアルバイトをしながら大学を目指す翔太。『君の名は。』に続く、パイロット版のような作品。

短時間で男女の人生が交差するため、展開は目まぐるしい。Z会は数秒しか出てこない。主題が埋もれてしまいそうに思えるが、ふたりの未来を握っているのがZ会だから余計な説明は要らない。いかに新海誠が視聴者を信頼しているかがわかる。

新海誠が描くのはZ会の現在ではなく、若者の未来。それがZ会にループしてくる。受験勉強に焦点を当てるのではなく、受験を通して若者がどこに向かうのか、受験の先を描いた。

サントリー天然水×君の名は。(2016年)

サントリー天然水×君の名は。(2016年)

サントリー天然水と『君の名は。』のコラボCM。「三葉の想い」篇(15秒)、「瀧の想い」篇(15秒)、「重なる想い」篇(30秒)の全3篇。映画本編からの映像と新規カットを加えている。

音楽はRADWIMPSの『 前前前世』と『スパークル』。ストーリー設定は特になく、「誰かに出逢う」「美しくもがく」という短いフレーズだけで構成されている。気をてらった物語は不要。映画本編を見ていなくとも、その映像と音楽のチカラに圧倒される。

映画とテレビCMの国境線を見事に破壊した新海誠の姿勢が垣間見える。

新海誠に囲まれた世界

新海誠が世に放つ作品はすべて見たい。その熱をすべて受け止めたい。

今回、巡ってきた映像作品だけでも、テレビCM、テレビアニメ、ミュージックビデオ、コンセプトムービーなど、その種類は多岐にわたる。

映像作品の他にも小説、漫画、作詞、声優と活動の幅を挙げれば枚挙にいとまがない。しかも、どれもが素晴らしい。才能ある多くの他者を巻き込む「他才」でもある。その結果生まれた作品の数と輝きは「星」

これほど多才なアーティストは他にいないだろう。だが、決して器用なひとではないように思える。どの作品にも新海誠の芯・軸が息づいており、どこまでも愚直にそれを繰り返している。

多才ではなく、多彩。その彩りは決して強いわけでも上手いわけでもない。アニメーション監督・新海誠の表現は、ただただ美しい。

ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

秒速5センチメートルの舞台を追う

星を追う子どもをつかまえに

言の葉の庭の舞台を巡る

君の名は。を逢瀬する

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

彼女と彼女の猫を巡る

新海誠と新宿

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