松田龍平は『まほろ駅前』シリーズの行天春彦のように、透明の濃い俳優だ。夏の陽炎のように、砂漠の蜃気楼のように、掴みどころがないのに存在感が強い。ボーッとしているようで、内側を見透かす半眼はチベットで見た仏像を思い出す。
『まほろ駅前狂騒曲』にエキストラで出たとき、なんの壁もなく、驚くほど気さくに話しかけてくれた。『まほろ駅前多田便利軒』でタバコ中毒になったこと、『あまちゃん』の期間は役に合わせて1本も吸わなかったこと。それがプロの仕事だと誇示するのではなく、ラーメンの汁を最後まで飲むくらい当たり前だと言わんばかり。
「お父様のことを尊敬しています」と伝えると、「うれしいなあ!」とテレビや映画では見たことのない笑顔を返してくれた。
松田龍平の中には2人の役者がいる。『多田便利軒』で「なんじゃこりゃああ」を叫ぶのは瑛太だが、『狂騒曲』ではジーパン刑事の殉職シーンを演じる。松田龍平と松田優作のハイブリッド。演技と芝居のハイブリッド。
帰る場所はないが、行く場所はある。路地裏の幻影。それが松田龍平。