
人生は出逢いと喪失がグルグル回る車輪。平行移動でも垂直移動でもなく流転。地球という母胎で繰り広げられる回転運動だ。
映画『とべない風船』は瀬戸内海の島が舞台。平成の広島豪雨によって妻と息子を亡くした憲二(東出昌大)は庭先に息子との想い出の黄色い風船をつなぎ、妻から電話がかかってくることを期待して何年もガラケーのままでいる。
過去に呪われ誰にも心開かず、自ら時をとめる。その姿は被害者意識の塊に見える。しかし、憲二は過去を忘れようとしない。喪失を抱え、ふたりが帰ってくるのではないかと願い続けている。忘れられる過去はそれだけの存在。消費できてしまう程度のものだ。
憲二は風船を吊るし、携帯電話をかえず、それでも今を生きる。お世話になった人に魚を送り届け、海に溺れかけた少女を救う。東出昌大は強さのなかにある弱さ、弱さのなかにある強さを同時に体現してくれた。
島民もそんな憲二を直接はげますことなく、そっと見守る。面と向かって御礼を言うのではなく、玄関に御礼の品を置いておく。監督の宮川博至は、言葉で説明するのではなく、映像と映像の間にあるものに人の感情とドラマを託した。映画の力を信じている。
映画は2時間で人生を描くもの。描かれたことより描かれなかったことのほうが多い。東出昌大も宮川博至も、語られなかったやさしさを語ってくれた。
映画は答えあわせでも間違いさがしでもない。我々は同じ空の下で生きている。
『とべない風船』の東出昌大の弱さには、誰にも動かすことのできない強さがあった。

あらすじ
瀬戸内海の小さな島で漁師として生きる憲二(東出昌大)。彼は数年前の豪雨災害で最愛の妻子を失って以来、心を閉ざし、孤独な日々を送っていた。そんなある日、過去のトラウマが原因で周囲との関係がうまくいかなくなった元教師の凛子(三浦透子)が島にやって来る。そこから憲二の生活と心は少しずつ変化していく。
キャスト・スタッフ
監督:宮川博至
憲二:東出昌大
凛子:三浦透子
繁三:小林薫
マキ:浅田美代子
さわ:原日出子
憲二の義父:堀部圭亮
潤:笠原秀幸
咲:有香
鉄平:中川晴樹
漁業組合長:柿辰丸
東出昌大の映画作品