シネマの流星

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『現代やくざ 与太者の掟』〜掟の外に立つ男、誰にも属せない男が抱えた誠実さ

『現代やくざ 与太者の掟』〜掟の外に立つ男、誰にも属せない男が抱えた誠実さ

『現代やくざ 与太者の掟』は、1969年公開の東映アクション映画。監督は降旗康男。菅原文太が東映へ移籍して初めて主演を張った一本であり、任侠の滅びゆく時代と新宿という無国籍都市を背景に、ヤクザにも組織にも属さない男・勝又五郎の孤独な闘いを描く。

スタッフ

  • 監督:降旗康男
  • 脚本:村尾昭
  • 出演:菅原文太、待田京介、志村喬、藤純子、若山富三郎
  • 音楽:菊地俊輔
  • 主題歌:若山富三郎「夜霧に消えたチャコ」
  • 撮影:星島一郎
  • 編集:長沢嘉樹
  • 製作:東映東京撮影所
  • 配給:東映
  • 公開:1969年
  • 上映時間:92分

撮影場所は、新宿駅西口バスターミナル、伊勢丹新宿店前、新宿区柏木四丁目のアパート。ラストのドスを振り回し、拳銃を撃ちまくるヤクザ同士の大立ち回りは、新宿の歓楽街で撮影するのは難しいと見られ、セットで行われた。

キャスト

  • 勝又五郎:菅原文太
  • 福地鉄男:待田京介
  • 石井直吉(刺青師):志村喬
  • 樋口道子:田村奈巳
  • 江夏加奈子:橘ますみ
  • 勝又百合:武原英子
  • ヤッパの政:山城新伍
  • 荒尾徹(荒尾組組長):安部徹
  • 小峯弥生(喫茶白馬の元オルガン奏者):藤純子(友情出演)
  • 五代竜三:若山富三郎

菅原文太は1969年だけで、計20本の映画に出演している。売れる前の八名信夫、小林稔侍、石橋蓮司らがチンピラ役で出演している。

あらすじ

『現代やくざ 与太者の掟』〜掟の外に立つ男、誰にも属せない男が抱えた誠実さ

勝又五郎は、名曲喫茶で暴れるヤクザを刺し、傷害罪で刑務所に入る。3年後に出所した勝又は、新宿の雑踏に戻り、そこでスリに全財産を奪われるが、福地鉄男という男に助けられる。福地は新興組織・荒尾組の若頭であり、勝又を組に誘うが、勝又はヤクザを嫌って断る。

やがて勝又は、ヤッパの政ら“組に属さないアウトロー”と兄弟分となり、愚連隊としてノミ屋を開くが、縄張りが荒尾組と重なり、トラブルが発生。福地の仲裁で一度は収まりかけるが、資金の出処をめぐる誤解から福地の組内での立場が危うくなる。

勝又は借りを返すため、仲間とともに偽手形を使った詐欺を仕掛ける。成功したかに見えたが、荒尾組がその金を狙い、福地にも処刑命令が下る。福地は勝又と刀を交えながら、わざと自らドスを受けて死ぬ。

福地の叔父である五代竜三は怒りのまま荒尾組へ殴り込むが、倒れる。勝又は湯浅たちと別れ、ひとり五代の葬儀へ乗り込み、荒尾組を皆殺しにし、倒れる。救急隊に運ばれながら、勝又はただ一言つぶやく。「死んでたまるか」

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映画レビュー:組にも社会にも属せなかった男の最後の抵抗

勝又五郎は、最初から「外側の人間」だ。組に入らない、堅気にも戻れない、家族も、地位も、名前も守ってくれる組織もない。どこにも属さない空洞として、新宿を歩いている。

勝又はヤクザを嫌う。社会にはもっと嫌われている。ヤクザにも社会にも居場所がない「与太者」だ。組織から追放されたわけではなく、もともと入れない。社会から転落したわけではなく、最初から縁がない。だから、物語の中心には、任侠の掟ではなく、どこにも帰れない者同士のゆるい友情”がある。

福地との関係も、ヤッパの政たちとの兄弟分も、義理や盃が支配する世界の外側にある。そこにあるのは、人が人と関わるときに最低限だけ残る“温度”のようなもの。

福地は、勝又にとって唯一「帰る場所」に近い存在だった。ヤクザの世界にいながらも、勝又を気にかけ、助け、借りを作り、そして死ぬ。

福地は勝又に言葉ではなく“行動”で生き方を示す。最後、勝又のドスを自ら受けて死んだのは、裏切りでも義理でもなく、「お前は生きろ」という無言の命令だ。

勝又は、その死を見た瞬間、自分がもう引き返せない場所にいることを知る。組にも、社会にも、福地にも属せず、ただ“生き残る”という一点だけで立っている。

若山富三郎演じる五代の存在は、東映任侠映画が誇った“古い男の美学”そのものだ。その美学は、荒尾組の銃弾にあっけなく飲まれる。

勝又の時代は、義理でも任侠でも説明できない。ただ、“居場所のない者たち”が、利用され、暴力を押しつけられ、最後はひとりで血を流すだけの時代である。

ラストは、属する場所をすべて失った男が、最後に残された“暴力”という手段を使って、やっと自分を世界に刻みつける。殴り込みとは、怒りではなく、生存の叫び。

だから勝又は最後に「死んでたまるか」とつぶやく。

生きる理由を持たない男が、生きることそのものにしがみつくその姿は、任侠映画の英雄像ではなく、現代社会の底であえぐ“無所属者”の魂そのもの。

降旗康男が描いた“現代”とは、ヤクザの掟も、任侠も、義理も通じない、半端な世界のことだ。組に入れば搾取される、堅気になれば排除される、友情は使い捨てられ、正義はどこにもない。

勝又五郎は、その空白に立ち続ける。その痛みは、令和の時代にも強烈に響く。

帰属できない人間の孤独、居場所なき者が抱える暴力性、つながりが壊れるたび、人は何を支えに生きるのか?その問いが、映画の底に沈んでいる。

タイトルの“与太者の掟”とは、掟のある人間の話ではない。勝又には、掟がない。

借りは返す、自分を捨てる者には容赦しない、仲間を売らない、死にたくない。それだけ。勝又五郎の人生とは、掟のない者が、自分の手で掟をつくる物語だった。

『現代やくざ 与太者の掟』は、組織と社会の狭間で人が使い捨てられていく“時代の底”を描いた作品だ。

勝又五郎は、義理の男でも、正義の男でもない。ただ、死にたくないと願っただけの男だ。その“死にたくない”という願いこそ、もっとも誠実な人間の姿なのだ。

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