
『魔女の宅急便』は、1989年に公開された日本のアニメーション映画。監督・脚本は宮崎駿、原作は角野栄子の同名児童文学。魔女の血を受け継ぐ13歳の少女キキが、満月の夜に故郷を発ち、海辺の都市コリコで「魔女の宅急便」を開業しながら、自立と共同体のあいだで揺れる心を見つめ直していく物語である。
スタッフ
監督:宮崎駿
脚本:宮崎駿
原作:角野栄子『魔女の宅急便』(福音館書店)
製作:尾形英夫/漆戸靖治/原徹/宮崎駿
製作総指揮:徳間康快/都築幹彦/高木盛久
音楽:久石譲
主題歌:荒井由実(松任谷由実)「ルージュの伝言」「やさしさに包まれたなら」
制作:スタジオジブリ
配給:東映
公開:1989年
上映:102分
声の出演(キャスト)

キキ:高山みなみ
ジジ:佐久間レイ
おソノ:戸田恵子
トンボ(コポリ):山口勝平
老婦人:加藤治子
バーサ:関弘子
キキの母:信沢三恵子
キキの父:三浦浩一
あらすじ

田舎町に暮らす13歳の魔女キキは、しきたりに従い相棒の黒猫ジジと旅立つ。夜明け前に辿り着いた港町コリコで定住を決めるが、都会の空気はよそよそしく、彼女の飛行にも戸惑いの視線が向けられる。パン屋「グーチョキパン店」のおソノに助けられて屋根裏に住み始め、箒での配達業「魔女の宅急便」を開業。だが初仕事で黒猫のぬいぐるみを落とし、森の画家ウルスラの助けを得て事なきを得るなど、仕事は試行錯誤の連続だ。
飛行クラブの少年トンボと心が近づく一方、期待や嫉妬、無理解に触れてキキの心は揺れる。やがて彼女は魔法が弱まりジジの声を失い、箒も折れて飛べなくなる。自分の取り柄が崩れ落ちる喪失。森でウルスラに励まされ、老婦人の温かさにも触れた矢先、暴走する飛行船に取り残されたトンボを救うため、キキは掃除夫のデッキブラシを掴み直感のまま空へ舞い上がる。ぎこちない飛行の末に救出を果たし、彼女は再び「飛べる自分」を取り戻す。街は拍手で応え、キキは新しい日常へと漕ぎ出していく。
映画レビュー:魔女の宅急便

『魔女の宅急便』は、少女が大人の女性として自立していく物語である。最初のシーンでキキが原っぱに寝転がり、退屈そうに空を見つめる姿は、社会の中で自由を制限される女性の退屈さを映している。そこから抜け出し、外の世界へ飛び立つことが、この映画のテーマ。
中世のヨーロッパでは、魔女は娼婦を表す。キキが空を飛んで新しい街を目指すとき、先輩魔女が現れるが、彼女はテクニシャンであり、娼婦そのままである。

ホウキにまたがって空を飛ぶキキの姿は、「騎乗位」のメタファーである。女性が大人になり、主体的に自分の身体や生き方を選び取っていく姿を表している。すわち、徐々にキキは目覚めていく。男と出逢い、性の快楽を知っていく。宮崎駿はここで「女性は受け身ではなく、能動的に人生を切り開いていく存在なのだ」と強く描いている。
トンボが自分で飛行機を作らなければ空を飛べないのに対して、キキは自力で飛べる。男性が文明の道具を必要とするのに比べ、女性は自分の力そのものが文明であり、未来を切り開く力になっているのだ。キキという名前は機器。女は文明であり、機械であり、快楽を奏でる楽器である。騎乗位は女性が上になり、男をリードする。魔女の宅急便は宮崎駿による女性讃歌。性行為を通して、聖行為を示唆している。

