
『雲のむこう、約束の場所』は、2004年に公開された新海誠の初長編アニメーション映画。前作『ほしのこえ』で注目を集めた新海が、スタッフを増やし、本格的な劇場作品として制作した。前作に続いて「遠く離れた者同士の想い」を描く。
スタッフ
- 監督:新海誠
- 脚本:新海誠
- 原作:新海誠
- 製作:伊藤耕一郎、川口典孝
- 出演者:吉岡秀隆、萩原聖人、南里侑香
- 音楽:天門
- 主題歌:「きみのこえ」歌:♡(川嶋あい)
- 製作:コミックス・ウェーブ、新海クリエイティブ
- 配給:コミックス・ウェーブ
- 公開:2004年11月20日
- 上映時間:91分
あらすじ
戦後、日本は南北に分断され、北海道は「ユニオン」と呼ばれる国家に支配されていた。青森に住む少年・藤沢浩紀と白川拓也は、対岸の北海道にそびえ立つ謎の巨大な塔に憧れを抱き、いつか自作の飛行機で塔へと飛び立つことを夢見ていた。
同じく塔に強い関心を持つ少女・沢渡佐由理と3人で過ごす日々。しかし、佐由理は突如として姿を消してしまう。浩紀と拓也は彼女を探しながら、それぞれ別々の道を歩むことになる。
数年後、佐由理は「塔」と深い関わりを持ち、夢の中で世界の崩壊を見続ける存在となっていた。浩紀と拓也は、佐由理を救うため、かつての約束を果たそうと再び飛行機を作り、塔へ向かう決意をする。
映画レビュー
デビューから2年、新海誠の2作目。英題は『The place promised in our early days』。
自主製作に近い『ほしのこえ』と違い、多くのスタッフが関わるようになった本作は、新海誠の第二のデビュー作と言ってもいい。
「処女作にはアーティストのすべてが宿る」と言われるように、『雲のむこう、約束の場所』は新海作品の血流となっている。

津軽海峡の350キロ先にある白い巨塔。舞台である外ヶ浜町から頂上は見えない。いつか飛び立つため、サユリを連れて行くため、ヒロキ、タクヤは白い翼を生み出す。

大空への飛行は、地底へと向かう『星を追う子ども』の反動体となる。

ヴェラシーラはヒロキとタクヤとサユリをつなぐ若者のすべて。約束の絆であり、やがて塔を破壊するために大空へ飛び立つ。空は心の地図。セリフよりも先に、空が感情を照らす。 雲は、時間の気配を運ぶ。

白は何も意味を持たない色だ。なぜ存在しているのか得体が知れない。だからこそ、憧れてしまう。どうしようもなく惹かれてしまう。白はこれから何色にもなれる。何色にも染まることができる。はじまりの色。

約束は叶えるものであり、終わらせるためにある。ユニオンの塔は3人の約束の場所だが、約束を果たした瞬間、それは失われる。「感情の記念碑」を自らの手で破壊する。

人は喪失によって前に進む。約束とは約束を終わらせ、次の約束に向かうために存在する。

「サユリを救うか、世界を救うか」
タクヤの問いかけ、銃口は自分自身に向けたもの。アーミーカレッジという鳥籠のなかで生きる今、サユリを大空に託せるのはヒロキだけ。ヴェラシーラは二人乗り。かつての約束を反故してでも愛する女を救う覚悟はあるか?その決意を確かめたかった。

かつてサユリが弾いてくれたヴァイオリンの音色はどごまでも自由で大空を飛び回る。組織に所属するタクヤにとって、なによりの郷愁。

雲と草原、決してつながることのない2つ。引き裂かれた愛と、刹那の間に結ばれる愛。この映画では対照がメトロノームのようにリズムを刻む。

新宿に転校したヒロキは、独りヴァイオリンを覚える。このヴァイオリンはサユリが使っていたものであり、3年間でサユリより上手くなる。

津軽から逃げ、時間を止めているようで前に進んでいた。逃げることは過去を振り切ること。未来を追うこと。サユリがいない寂寥感に満たされつつも、ヒロキのサユリへの想いが最高潮に達し、タクヤとサユリを繋げようとする慈愛が満ちる。『遠い呼び声』を奏でるヴァイオリンの音色が「思い出」と「これから」を繋ぐように、すべては一つで結ばれている。

記憶を失くそうするサユリはヒロキくんではなく「藤沢くん…」と呼び、意志によって生きるヒロキは佐渡ではなく「サユリ」と呼ぶ。
約束の場所を失った世界で、ほんのわずかな間だけ、サユリは人生をやり直す。もう一度、真っ白に帰って。真っ白な翼を広げて。

やがてサユリが目の前から去ろうとも、ヒロキとタクヤの心にはいつまでも若葉の夏が羽を広げている。
『雲のむこう、約束の場所』というタイトル

2004年11月20日。多くのスタッフを指揮しての第2作。新海誠の作品で唯一タイトルに「、」がある。蝦夷と津軽を分断する映画の構造と同じ。
英題は『The place promised in our early days』。直訳すると「若き日に約束した場所」。過去形であり、息継ぎなしで「雲」もない。
「君の名は。』で「。」を使うように、新海誠は日本語を愛している。「、」は日本語独特の言語記号であり、読点のブレーキを打つことで、その後の「約束の場所」が強度を増す。
「雲のむこう」と「向こう」ではなく、ひらがなにしたことで解放感が出る。漢字にすると特定の場所に「向かう」になってしまう。
和にして無限大、流麗で牧歌的な風景の先に、宿命づけられた「約束の場所」がある。
この世に生を受け、流れる時間の中で、誰しも約束を果たす場所がある。それは故郷なのかもしれないし、故郷を捨てることで見つかるかもしれない。人生はその場所に出逢う旅。
約束の場所であるユニオンの塔に行くため、ヒロキ、タクヤも白い翼を造る。何をするわけでもなく、ただ向かう。それは大事な何かかもしれない、そこに行けば出逢うべき運命が待っているかもしれない。
名詞だけで散りばめられたタイトルは、新海誠の意志を打刻した「動詞」である。
雲のむこう、約束の場所の「飛行機」

新海誠の映画で最も乗り物が重要な作品は『雲のむこう、約束の場所』である。全作品の中で唯一、主人公のふたりが乗り物を造る。しかも飛行機。なんとロマンに溢れた映画だろうか。今作は「津軽線」のローカル電車も最重要の乗り物だが、それは別稿にゆずる。

男と女、重力と浮力、お前と俺。現実とフィクション、アニメと実写。あらゆる対立構造と共存を飛行機は両翼に内包する。

白い翼・ヴェラシーラはヒロキとタクヤ、サユリの希望であり結び。想いを届ける伝書鳩であり、手紙(血判状)でもある。この乗り物は、やがては約束の場所・ユニオンの塔を破壊する兵器に変わる。白はこれから何色にもなれる。何色にも染まることができる。はじまりの色。
「サユリを救うか、世界を救うか」。ヒロキの葛藤と答えをヴェラシーラは機体に宿す。

塔を破壊すれば約束の場所は喪失し、新たな約束が生まれる。そうして世界は循環していく。

たとえサユリが目の前から去ろうとも、約束の場所を喪失しようとも、ヒロキとタクヤの心には、いつまでも白い翼が羽を広げている。
「雲のむこう、約束の場所」の衣装

『雲のむこう、約束の場所』のオープニングでヒロキは故郷の外ヶ浜を訪ねる。かつてヴェラシーラを造った廃駅の格納庫があった野原。そこでサユリの面影とすれ違う。
27歳のヒロキはスーツを着ているが、サユリは制服。高校生でもなく、ヒロキやタクヤと夢を語った中学生のサユリ。
ラストで目を覚ましたサユリだが、その後どうなったかは描かれていない。しかし、ヒロキにとってサユリはいつまでも中学生の少女のまま。タクヤと3人で過ごした永遠の夏なのだ。
人は思い出に支配される。しかし、過去があるから前に進める。想い出は未来のふるさと。ヒロキにとって失ったサユリは未来でもある。
『雲の向こう、約束の場所』の音楽

新海誠はサユリがいない空虚な世界を、空っぽのヴァイオリン・ケースを映すことで表現した。前作まではピアノ音だったが、『雲のむこう、約束の場所』はヴァイオリンが導く。

劇中で、サユリやヒロキが奏でる『遠い呼び声』はヴェラシーラへの賛美歌でありレクイエム。ヴァイオリンの音色が「思い出」と「これから」をつなぐ。
天門の音楽は「季節」である。この音楽を聴くと、いつでも夏に帰れる。天門のヴァイオリンは夏を広げる。
新海誠が色と形で孕む夏、天門が音で産む夏。1つの映像の中にふたつの夏がある。絵の中に音を当てこむのではなく、絵と音が並走している。絵の中で、ふたりの音は永遠に羽ばたいている。
Amazonプライムで観る:『雲のむこう、約束の場所』
雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る
ほしのこえを聴きに
秒速5センチメートルの舞台を追う
星を追う子どもをつかまえに
言の葉の庭の舞台を巡る
君の名は。を逢瀬する
天気の子を見上げる
すずめの戸締まりを旅する
彼女と彼女の猫を巡る
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