シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

新海誠『君の名は。』〜結びの彗星を追いかけて

『君の名は。』というタイトル

君の名は。』は、2016年に公開された新海誠監督の長編アニメーション作品。日本国内のみならず、世界中で大ヒットを記録した。田舎に暮らす少女と東京に住む少年の身体が入れ替わるという奇跡を通じて、時間を超えた「会いたい」という想いを描く。RADWIMPSが手掛けた主題歌「前前前世」は社会現象を巻き起こし、映画とともに大きな話題となった。

スタッフ

あらすじ

東京に住む男子高校生・立花瀧と、山深い田舎町・糸守に暮らす少女・宮水三葉
ある日、二人は突如としてお互いの身体が入れ替わるという不思議な現象に見舞われる。最初は戸惑うものの、スマートフォンのメモや手書きのメッセージを通じて徐々にルールを作り、お互いの生活に順応していく。しかし、ある日突然入れ替わりは止まり、瀧は三葉の行方を探し始める。

瀧がたどり着いたのは、3年前に彗星の落下によって壊滅した糸守町。三葉は既にこの世に存在しない。瀧は過去を変えるために奔走する。

時間と空間を超えてつながる二人の運命。忘れたくない名前、忘れたくない想い。
瀧と三葉は、果たして再び巡り合うことができるのか。

映画レビュー

新海誠『君の名は。』

劇場6作目。英題は『Your Name.』色はティアマト・ブルー。人間の60歳は還暦であり、人生の折り返し。6作目を迎えて新海誠は次のステージにゆく。

ティアマト彗星の如く、新海誠は爆発した。蕾の美に加え、満開の花も描くアーティストに化けた。宇宙の理、時の命を捉えた。人は誕生を選ぶことはできないが生き方を選ぶことはできる。

人が変わろうとするとき得体の知れないパワーを宿す。『君の名は。』によって新海誠と出逢えたように、理屈を超えた宿命力がある。

これまでは、運命や止めようもない時間の中で翻弄され、それでも互いを想う心を描いていた。『君の名は。』以降は、その運命や時間にすら抗う。本当の意味での宇宙を描く力が宿り、仲間も得たタイミングだった。

もうひとつの大きな変化が空間移動。これまで新海作品では横の空間移動は、運命に翻弄される象徴だった。『秒速5センチメートル』の転校、『言の葉の庭』の雪野の帰省。しかし、本作の瀧と三葉が互いを求める平行移動は自らの意志によるもの。ここにも運命に抗おうとする心情が描かれている。

新海誠『君の名は。』

オープニングは夜明けの流星。これまで新海誠は地上からヨーイドンしてきた。しかし、今作は空を見上げ、幾つもの彗星が降ってくる。運命を降らせる。天、すなわち人智を超えたものとの戦いが始まる。

大地を熱く焼き、この世と訣別するように彼方に沈んでいく。朝日は太陽の正面であり夕陽は太陽の背中。新海誠はアニメーションによって生まれたての太陽を描いた。目を覚まそうとしている朝に、もう少し朝も眠っていればいいのに。そう言わんばかりに。

そして「朝、目が覚めるとなぜか泣いている」という三葉の独白で物語は明ける。男と女の出逢い。『言の葉の庭』とテーマは同じ。このシンプルで普遍的な神話を扱う天才。新海誠の前世は古事記万葉集の編者だろう。

君の名は。』で新海誠は映画のセオリーをティアマト彗星のごとく破壊した。ひとつの作品にふたつのオープニングを入れた。この大胆不敵なアジテーションが『君の名は。』のアイデンティティ

最初は彗星、30分後には瀧と三葉の「入れ替わり」。その実は「結び」。単純な男女の身体の交換ではなく、時空を超えたふたりの「結び」を描いている。だから名前の立花瀧宮水三葉の名前には植物と水をクロスして入れている。

新海誠『君の名は。』

何度も登場する扉の開閉。奇妙なピストン運動は時間の経過や心臓の鼓動のように、激しいリズムを刻む。文章で言う体言止めのような存在。

恋心は、実際に“会えたとき”ではなく、“会えないとき”に最も深く刻まれる。ふたりが入れ替わっているあいだ、実際には一度も会っていない。だからこそ、物理的な接触ではなく、言葉の断片や風景によって、想いは蓄積し、互いを深く想うようになる。

新海誠『君の名は。』

糸守は戻ることのない故郷であり、彗星は誰かと出逢うために都会に飛び出した衝動。結果的に彗星が故郷を消滅させ、三葉の願いだった都会生活の後押しとなる。

ティアマト彗星は三葉の意志でもある。ティアマトは神話の中に登場する女神。三葉を指す。故郷を破壊し、新しい人生をスタートさせる。故郷にとどまって運命に従うのではなく、新たな場所で生きていく意志が巨大な塊に象徴されている。

隕石の地球への衝突は1200年という悠久の時を超え、三葉が本当に好きな人(瀧)と出逢うメタファー。宮水家は代々、好きな男性と身体が入れ替わり、その恋を諦めて忘れてきた。しかし、三葉は瀧と結ばれることを選択する。片方に割れる「カタワレ」を拒否する。真っ二つに分かれる彗星と同じ運命をたどるのではなく、瀧と結ばれようとする。

新海誠『君の名は。』

ヒトは忘却の生きもの。忘れることは前進すること。忘れることで新たなものが吸収される。しかし、同時に忘れたくない存在もある。残酷な運命も、意志によって変えることができる。そう願うことが生きる意味。

人は何かに反抗することで時代を作ってきた。四足歩行から二足方向へ、大陸から別の大陸へ、抗うことで新たな時代を作る。

新海誠『君の名は。』

1200年もの間、宮水家の女性は誰かと入れ替わり、やがて忘れ去った。祖母の一葉、母の二葉も。だが、三葉だけは違う。三度目の正直というが、瀧を想い、東京にまで移動して組紐を渡したことでふたりは結ばれた。運命は「命を運ぶ」と書く。動くことでしか運命は変えられない。

新海誠『君の名は。』

だから瀧は三葉の掌に名前ではなく意志を書いた。忘れられないものではなく、忘れたくないもの。何より尊いのは事実でも運命でもなく、自らの意志なのだ。

新海誠『君の名は。』

ラストでふたりが四谷の須賀神社ですれ違うのも、意志による移動。新海誠の作品では埼玉の新座市にある「ほしのこえ階段」や言の葉の庭の雪野のマンションなど、階段が多く登場するが、階段は自分の足(意志)で人生を歩む象徴である。失った思い出は新しく作ったらいい。

オープンニングとエンディングに登場するタイトルは「?」ではない。「君の名前は」とふたりは叫ぶ。それは疑問形ではない「。」には、忘却に抗う瀧と三葉の強い決意が込められている。

君の名は。』というタイトル

『君の名は。』というタイトル

2016年8月26日。企画時の仮タイトルは、小野小町の歌からとった「夢と知りせば」。意味は「夢だとわかっていたら」。これでは本作は生きない。

君の名は。』は新海誠の作品で最も特殊なタイトル。ひとつは名詞以外で終わっていること。新海誠自身が大きく変わろうとする無意識を孕んでいる。

そして唯一、「君」という他者の存在がある。「君」という他者は自分を映す鏡であり、自分は何者かという自身への問いかけ。自分は自分でしかないし、君は君でしかない。君のままでいいというメッセージ。

最後は力強い句点を添えた。たとえ名前を忘れようとも「逢いたい」と願う意志が尊い。「。」には、瀧と三葉の意志が込められている。

君の名は。』の口噛み酒

『君の名は。』の口噛み酒

君の名は。』は新海作品の中でも食べものの登場が多い。瀧がアルバイトする新宿御苑ラ・ボエムのイタリアンや原宿のパンケーキ。三葉の憧れを具現化し、強い憧れが東京に住む瀧との身体の入れ替わりを結ぶ。

そして、瀧が三葉の故郷を訪ねて飛騨に向かう道中の味噌カツ弁当、五平餅、高山ラーメン。糸守を体内に受け入れ、糸守に近づいていく「結び」

『君の名は。』の口噛み酒

最も今作のダイナミズムを象徴しているのは「口噛み酒」。劇中で三度登場する古来の伝統手法は瀧と三葉を結ぶ。瀧が三葉の口噛み酒を飲むことで、失われた糸守のある3年前に時空を超えてタイムリープする。

『君の名は。』の口噛み酒

君の名は。』が新海誠の作品の中でもスケール感の大きさを感じるのは彗星の落下による宇宙と地球の結び、東京と飛騨に住む男女の距離と性別の結び、そして3年間の時間のズレといったパラレルな時空の結びが描かれているからである。

飛騨古川の口噛み酒

飛騨古川の口噛み酒

飛騨古川の「さくら物産館」では口噛み酒の瓶子が買える。地酒の「蓬莱」を注いで飲めば、瀧や三葉に少し近づける。

君の名は。』における<電車>

『君の名は。』における「電車」

君の名は。』で新海誠は電車を《結び》に昇華した。電車は何処か遠くへ連れて行ってくれる、知らない自分を運んでくれる。

『君の名は。』における「電車」

三葉は瀧に逢うため、飛騨から新幹線に飛び乗る。逢える確証はなく、ただ衝動のみによって故郷を飛び出す。それは宮守家の呪われた運命への抗いであり、運命を超える決意。そして瀧も三葉を探すため、同じ新幹線に乗る。進行方向は反対だが、ふたつの想いは交差する。

空間移動の断絶だった『ほしのこえ』の入隊、『秒速5センチメートル』の転校と違い、意志による「結び」の移動である。

『君の名は。』における「電車」

数年後、記憶を失くしたふたりは電車の車窓から再会する。高校生とは違う、電車での出逢い直し。この映画が謳う「生まれ直し」を電車に投影した。三葉は総武線、瀧は中央線、進行方向が同じ。すれ違いではなく、ふたりの想いは併走している。三葉は昔より髪が伸びているが、赤い組紐はあのときのまま。

君の名は。』の髪

『君の名は。』の髪

君の名は。』で重要なのは髪を結ぶ組紐。髪は神。そして髪を結うことは瀧との縁を結ぶことでもある。

『君の名は。』の髪

東京に向かい、瀧に組紐を渡しあと三葉は髪を切る。そして瀧から返された組紐を結ぶ。組紐は瀧と一体になること。

『君の名は。』の髪

8年後、髪を伸ばした三葉はやはり組紐を結んでいる。瀧との再会は組紐の縁。8年という年月は『秒速5センチメートル』で貴樹が歩み始めるための時間と同じ。「8」は紙紐の結び方。末広り。三葉は永遠に組紐を結い続ける。

君の名は。』の音楽

RADWIMPSが奏でる4つの曲は四季。それまでの新海誠の作品を観てきたファンは面喰らう。静寂の音ではなく、耳を攻めるエレキギター。都会の喧騒とシンクロする宣戦布告のファンファーレ。

RADWIMPSはこれまでの音楽家とはまったく違うアプローチで新海誠とスウィングした。天門の音楽は「抱擁」であり「包容」。これまでの音楽は新海誠の背中を押す風であり、作品を包みこんできた。

RADWIMPSの音楽は並走する。いや、映画を追い越そうとしている。RADWIMPSの音楽は、新海誠の火薬であり着火剤。

『天気の子』はアニメーションやジュブナイル映画に寄せているが、『君の名は。』は群れていない。音楽の個が独立している。だから共鳴しあっている。

雷でも雨でも雪でもなく、彗星が落ちてくる音楽。

4つの歌を架け橋に「起承転結」を表現した。大味になりがちだが、映像と旋律の美しさが圧倒的に押し切っている。かつてのアニメ映画で、これほど大胆にして繊細にJ-POPを結んだ使い方はない。

夢灯籠』、歌詞つきの歌で始めたのは新海誠作品で初めて。これまでの新海誠ではないという宣戦布告。

スパークル』はイントロのピアノ音は三葉を包む瀧のやさしさであり、これから踏み出す三葉の足音。歌詞はあるが、劇中においては「行け」に聴こえる。瀧が歌う三葉への応援歌だからだ。

夢灯籠』と『前前前世』を助走にし、『スパークル』と『なんでもないや』の真打に襷をつないでいく。駅伝形式。

これまで新海誠は、歌と映像の掛け算をエンディングに使ってきた。『秒速5センチメートル』のワンモアタイムワンモアチャンス、『言の葉の庭』のRain。それを最も大事なメッセージに使った。最後の『なんでもないや』は歌で締めくくる真骨頂。

君の名は。を逢瀬する

ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

秒速5センチメートルの舞台を追う

星を追う子どもをつかまえに

言の葉の庭の舞台を巡る

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

彼女と彼女の猫を巡る

新海誠 もうひとつの世界

新海誠と新宿

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