シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

映画と短歌の『滑走路』

映画と短歌の『滑走路』

人はどんなときに短歌を詠むのだろう? 

胸を締めつけるほどの感動に出逢い、それを閉じ込めて永遠にしたいとき。俵万智の『サラダ記念日』がそうだ。石川啄木のように絶望の淵に立ったとき、苦しみに羽を生えさせて昇華させる場合もある。

短歌を愛した尾崎豊の影響で、自分も7年前に短歌の扉をノックした。故郷の大和(奈良)を詠んだ『万葉集』の額田女王が好きだ。

上京して何年かは毎週、NHK教育テレビの『短歌講座』を見るのが楽しみだった。自分で詠んだ歌を応募したこともある(全部、落選)。

歌集『滑走路』は2017年に32歳で自決された萩原慎一郎さんのデビュー作であり末筆。萩原さんの短歌は横書きでは意味がない。こぼれ落ちる涙のように、縦書きで詠んでこそ降ってくる。一語一語に込められた想いが雨のように、言魂の爆弾が落下してくる。萩原さんの短歌は空を舞う紙飛行機のように自由だ。五・七・五・七・七の定型に縛られていない。表現の自由ではなく、「表現からの自由」を生きている。

俳句は十七文字と潔い。しかし短歌は三十一文字。どこか未練がある。だから短歌が好きだ。季節を詠む俳句と違い、短歌は恋(孤悲)が起点。そんな中でも、萩原さんは特に未練がましい。だから、たまらなく好きだ。

僕は好きな人ができると、視野がなくなり、世界が消えてしまう。どうしようもない衝動を日記に書き殴ることもあるが、心の叫びを歌にできたら、どんなに救われるだろう。そんな僕に萩原さんの歌は翼をくれる。

かつて恋をしていたひとは、初めて出逢った日に手紙をくれた。登山のエスコートのお礼に、家から便箋と万年筆を持ってきてくれた。一緒にいるだけで幸せで包んでくれる不思議なひと。寝ても覚めても、その人のことばかり考えてしまう。そんな片想いに萩原さんの歌は翼をくれる。

映画『滑走路』

世界へ羽ばたける日本映画。1つの作品で3回泣いた。 

その人がどんな最期を迎えようと、生きた時間を祝福したい。

主人公の須羽はパイロットになる夢を叶えられず、25歳で自決する。彼は空を翔べなかった。けど、翠や裕翔の翼になれた。だから須羽が生きた時間には絶対に意味がある。この映画は、その光を歌いあげてくれる。オムニバスとしての完成度が『桐島、部活辞めるってよ』以来。社会人と学生のパートに分かれるが、共に役者の演技と場面から場面のタスキリレーが完璧。日本にこんな監督がいたことに驚く。

この映画の主演は水川あさみ浅香航大だが、主役は少年と少女だ。大人たちの演技が子役たちの滑走路。14歳の女優・木下渓の舞台挨拶

「今とてもつらくて、立ち直れないと思っていても、いつかそれが自分の滑走路だったと思える。映画から感じてほしいです」。中学2年生の女の子が言える。ひとつの映画を生きたからこそ言える。これが役者が映画に出る意味だ。自決はその人が決断した答えであり、最期がどんな形であれ、生きた時間を祝福したい。死は新しい「生」に向かうことだから。

スタッフ・キャスト

あらすじ

厚生労働省の若手官僚・鷹野(浅香航大)は、激務の中で仕事への理想を失い、無力な自分に思い悩んでいた。ある日、非正規雇用が原因で自死したとされるリストが持ち込まれる。追及を受けた鷹野は、リストの中から自分と同じ25歳で自死した青年に関心を抱き、彼が死を選んだ理由を調べ始める。一方、将来への不安を抱える30代後半の切り絵作家・翠(水川あさみ)は、子どもを欲する自身の思いを自覚しながらも、夫との関係に違和感を抱いていた。また、幼なじみを助けたためにイジメの標的となった中学2年生の学級委員長(寄川歌太)は、シングルマザーの母に心配をかけまいと1人で問題を抱え込む。それぞれ悩みを抱える3人の人生は、やがてひとつの道へと繋がっていく。

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