シネマの流星

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新海誠『彼女と彼女の猫』雨音とモノローグの中で

新海誠『彼女と彼女の猫』

彼女と彼女の猫』は、1999年に新海誠日本ファルコムに勤めながら自主制作した短編アニメーション。新海誠が監督・脚本・作画・美術・編集をすべて一人で手がけた、まさに「すべてが新海誠」の作品である。
5分間のモノクロ映像で綴られる、猫の視点から描かれる孤独な女性の日常と、彼女への無償の愛。ミニマルながらも強烈な詩情が宿る本作は、のちの新海作品の原点として語り継がれている。

スタッフ

  • 監督・脚本・原作・作画・美術・編集新海誠
  • 音楽:天門
  • 出演者:篠原美香、新海誠(ナレーション)
  • 制作新海誠
  • 配給:自主制作
  • 公開:1999年
  • 上映時間:4分46秒

あらすじ

猫の視点から描かれる、ある女性の孤独と日常。都市の喧騒の中で生きる彼女は、どこか寂しげで、何かを抱えながらも淡々と日々を送っている。そんな彼女を、猫は愛し、ただそばにいる。

雨の日も、曇りの日も、変わることなく彼女の傍にいる猫。彼は彼女を愛し、この世界を「美しい」と信じている。しかし、彼女の心には、言葉にできない寂しさが漂っていた。

映画レビュー

英題はTheir standing points。色はノワール。『ほしのこえ』の夜明け前。新海誠の第0作、イントロダクション。モノクロによって猫や彼女の感情の輪郭が鮮明に浮かび上がる。白と黒。彼女と猫のふたりの世界。猫のモノローグを白黒映像は際立たせる。

新海誠『彼女と彼女の猫』

4分46秒という偶数に塗れた時間には、新海誠のエッセンスが凝縮されている。ひとつは声。「季節は春のはじめで、その日は雨だった」

新海誠のこえで幕が上がる。春は桜の季節なのに、はじまりはいつも雨。彼女も彼女の猫も孤独に凍えている。そんなふたりが出逢う。

新海誠『彼女と彼女の猫』

彼女と猫ともう一人の主役が天門の奏でるピアノ音。その旋律は、彼女の孤独に透明な温もりをあたえる。新海誠の映画は、映像ではなく音の宇宙。

新海誠『彼女と彼女の猫』

新海誠が実写ではなくアニメーションである理由のひとつがリアルを超えること。自身を人間以外の生きもので描くことで、より自身の奥にあるものを浮き彫りにする。

新海誠『彼女と彼女の猫』

チョビは『吾輩は猫である』と同じく饒舌。彼女の仕事には興味がない。ただ彼女が仕事に出かける姿を見つめる。「Their standing points(彼女たちの立ち位置)」という英題のとおり、彼女の日常に寄り添う。口は出さない。

新海誠『彼女と彼女の猫』

言葉が通じない彼女に対して一方的なモノローグでチョビは想いを綴る。それは儚さの香りを残しつつ、彼女の孤独に寄り添うチョビの意志でもある。

新海誠『彼女と彼女の猫』

「のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする(吾輩は猫である)」

この一節のように、チョビも彼女の深淵を理解しようとし、心の奥をのぞきこむ。

最後の台詞「この世界が好きなんだと思う」は、気持ちの確認ではなく決意。彼女もチョビも日常を愛し、どこまでも日常の世界を戦っていく。無力を受け入れることもまた、強さなのだ。

彼女と彼女の猫』というタイトル

『彼女と彼女の猫』というタイトル

1999年。監督・新海誠が産声を上げた第12回CGアニメコンテストのグランプリ作品。タイトルは「彼女」「猫」と普通名詞で構成。

猫には「チョビ」という名前があるが、あえてタイトルは「彼女の猫」。英題は「Their standing points」。ふたりの”立ち位置”の作品である。

猫は彼女の孤独に寄り添う存在であり、そっと見守る影。物語をリードする主人公はチョビだが、主役は彼女。だからタイトルもレディファーストにし、彼女を讃えている。

一見、平凡に思えるタイトルには、新海誠のやさしさと強さが同居している。新海誠の立ち位置を高らかに宣言したファンファーレである。

「彼女」と「猫」という、ごく普通の存在を並べることで、特別ではない日常の中の小さな物語であることを示唆する。そして、日常こそが何よりも非日常で特別なものであることを謡いあげる。

彼女と彼女の猫』というタイトルには、「何が起こるのか?」を一切語らず、余白を持たせ、これは誰の物語でもない、観る者の誰もが自分ごととして感情移入する物語であることも示唆している。

彼女と彼女の猫の「雨」

彼女と彼女の猫の「雨」

季節は春のはじめで、その日は雨だった。

新海誠のナレーションで始まるオープニングは雨。彼女の髪も、チョビの体も濡れている。春の陽気はなく、物悲しいテープカット。しかし、雨が彼女とチョビを結ぶ。

彼女の心は閉じているが、彼女は雨の日に家に閉じこもらず、重い鉄の扉を開けて街へ出る。だからチョビと出会う。雨は彼女の前に進もうとする意志を刻むテンポであり、彼女の一歩を表す。

雨に濡れ、春を追い越したふたりは、夏から秋にかけて孤独を温めあい、雪の冬を乗り越える。新海誠は雨のにおいと温度によって、季節の背中を押した。

雨は外の世界をぼやかし、内向的な空間を作る。チョビ(新海誠)の想いの独白に終始する本作には、雨という天候が合う。

雨は彼女の閉じた世界を形成し、同時にやさしく包み込み、孤独の中にある静けさや、切ない温かさを内包する。

彼女と彼女の猫』は雨で始まり、雪で終わる。雨が降るのは春や梅雨、「始まりの季節」。雪は冬、何かの終わりであり、そして新しい季節の予感でもある。

彼女の生活におけるひとつの「季節」が終わりを迎え、次のステージに向かう準備が整ったことを、自然の移り変わりを通して描く。

彼女と彼女の猫の音楽

猫には「チョビ」という名前があるが、タイトルは「彼女の猫」と彼女をリスペクトしている。チョビがナイト(騎士)になる。これが新海誠のアニメーションの心臓。

新海誠との初遇にして天門は至高の音楽を産み落とす。ゆっくりしたピアノの旋律は季節を巡るメリーゴーラウンド。彼女とチョビの四季を包み込む。

天門の音楽は、静かな日常や淡い孤独感と調和している。音の余白や間が「孤独」を表現し、優しいメロディーが「つながり」への渇望を浮かび上がらせる。新海誠のナレーションしかない本作において、感情を語る「もう一人の語り手」の役割を果たしている。

彼女と彼女の猫を巡る

ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

秒速5センチメートルの舞台を追う

星を追う子どもをつかまえに

言の葉の庭の舞台を巡る

君の名は。を逢瀬する

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

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