シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

星を追う子どもをさがして〜新海誠の故郷・小海町

新海誠の4作目『星を追う子ども』は、死と旅がテーマ。死はさらに大きなものの一部になることであり、人間は動物や植物の命を奪い、それを食すことで生きている。動物や植物は命を人間に捧げることで、別の大きな存在に変わる。生きる側も生を奪われる側も儚い。弱肉強食という言葉があるが、本当は他の命を頂かないと生きられない存在のほうが弱いのかもしれない。

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星を追う子ども』の舞台である新海誠の故郷・長野県の小海町(こうみまち)は、新宿から新幹線を乗り継いで3時間。佐久平から八ヶ岳連峰を望むJR小海線で向かう。小海駅は海抜865mに位置し、四方を山で囲まれている。『秒速5センチメートル』の舞台・栃木県の岩舟に似ていた。

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駅から歩いて5分ほどの場所に、株式会社新津組の事務所がある。新海誠の実家である。隣の古民家には、お母様の名前と思われる表札があった。

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事務所の近くに『敷島屋』というパイ専門店があり、10時の開店前から5人くらい並んでいる。老夫婦で営まれ、丁寧な梱包や現金のみの支払いなので1人の買い物が5分以上。秒針がない田舎の生活そのもので、桜の落ちる速度を秒速であらわした新海誠と重なる。

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母校の小海小学校に向かおうと歩き始めたら、「男岩」が現れた。横から見上げると男根の形をしており、小海は「子産み」とかけている。

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すぐ隣に土村公園かあり、高台の散歩コースになっていた。距離は短いが結構な登りで、いい運動になる。新津少年も幼少期から登ったのだろうか。

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頂上から町を一望でき、眼下には小海小学校もある。映画のなかで主人公・明日菜の秘密基地がある高台は、きっとこの土村公園がモチーフ。鉱石ラジオでシュンの歌を聴く岩場は、男岩だ。幼少の頃から新海誠はここに立ち、故郷や八ヶ岳を望んでいたのではないか。敷島屋で買ったアップルパイとスイートパイを朝ご飯に、小海町のパノラマを焼きつけた

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山は生活を閉ざすが、心を外に向ける。自分も大和の三輪山に囲まれて育ったからこそ、此処ではないどこかへの憧れを抱いた。いつも地平線を追いかけた。穏やかな心と、見えないものへの憧憬を育む母親が山である。

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山があればそこには川がある。小海町は千曲川と鉄道が並走している。川や列車は異地へと人を運ぶ。

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映画のオープニングで明日菜はレールに耳をすますが、まだ見ぬ土地と交信をしている。きっと新津少年も小海線の先に想いを馳せた。明日菜は新海誠の分身なのだ。性別が違うのは、自分以外の自分を表現するため。少年・新津誠を新海誠に変貌させた片鱗を見ることができた。

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目的を果たしたので、松原湖に向かった。『君の名は。』の糸守湖のイメージであり、小学校時代、スピードスケートに励んだと聞く場所だ。晩秋の松原湖は紅葉・黄葉に彩られ、雪を冠した八ヶ岳連峰が見守る。新海誠の色彩は、この風景に育まれたのかもしれない。新宿に住む自分にとっては特別な光景でも、新津少年にとってはこれが日常。

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その日常を作品に溶けこませ、非日常とマリアージュさせる。そのグラデーションこそが新海誠の作風。だから新海誠ワールドは言語化しにくい。本物のアーティストは、心象風景に日常という調味料を持っている。だからこそ、観る者の心を揺さぶる。

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星を追う子ども』に最も大きな影響を与えているのは、やはり山。山は死と隣り合わせの場所であり、登山は半分自殺しに行くようなもの。それでも命を懸ける価値があるからこそ、クライマーは山に向かう。山をやらない者にとっては愚かな行為に映るかもしれないが、この世に生を受けて、その命を懸けられるものに出逢えたのは幸福だ。山(登山)は呪いでもあり、祝福でもある。

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松原湖から小海駅に戻る坂道で、年配の女性が白の軽自動車を停め「乗っていきませんか?」と声をかけてくれた。名を務台(むたい)さんという。信州の南側に多い名前そうだ。現在は金沢に住んでいるが、松原湖に別荘があり、毎週末に車で来る。必ず一人で運転し、夫は別の車でそれぞれ来るのが面白い。そんな人がなぜ自分に声かけてくれたのだろうか。

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旅は何かを失うためにするが、空っぽにするからこそ新たな縁と出逢いが訪れる。時間がたっても愛する人を失った悲しみが埋まるわけではない。それでも明けない黄昏を生きることで、good-byeのあとには、必ずHelloが待っている。

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