シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

ほしのこえを聴きに〜埼玉県新座

画像

20年前の2002年2月2日。下北沢トリウッドで新海誠がデビューした。当時、劇場公開された唯一の映画館であり、南口商店街の路地裏に佇むわずか45席の小さな母胎。ようやく昨年から待ち望んだ『ほしのこえ』の記念上映が催された。銀河でいちばん好きな監督のアニバーサリーに立ち会うため、会社を早退して下北沢駅に向かう。チケットの発売と同時に予約したが、意外にも当日券は余っていた。上映後には新海監督がリモート舞台挨拶のサプライズ。本当なら劇場に来たかったと悔やまれていたが、作品が宇宙と地球を交信するストーリーなので、むしろリモートがふさわしい。しかも4人限定で質問ができ、そのひとりに指名される幸運。上映中も質問コーナーがあれば何を聞こうか、そればかりを考えていた。

画像

ガチガチに緊張し、声を震わせながら質問した2つは「20年間で初めて聞かれた質問です。作った自分でも気づきませんでした」と褒めてくださった。アーティストは最高の時空を観客に提供し、観客はアーティストの無意識を引き出す。それが醍醐味。わずか5分。流れ星のような一瞬の至福を頂いた。指名してくださった大槻支配人に感謝。

画像

3日後の土曜日、作品の舞台である埼玉に向かった。本当なら秩父宝登山ロウバイを見るつもりだったが、『ほしのこえ』に呼ばれた気がした。当時、武蔵浦和に住んでいた新海監督は、武蔵野線に乗って荒川を越えるとき、いつも台詞が浮かんできた。朝日といっしょに言魂が注がれる。川を越境することは自分を生まれ直すことだ。

画像

新座駅で降りて、星乃珈琲店に立ち寄る。東京のように他の建物が密集していない。なぜ新座が舞台となったのか分からないが、同じ「新」の字に導かれたのかもしれない。

画像

監督は『ほしのこえ』を「自分で木を切って組み立てた小さなログハウス」と表現した。手づくりの匂いを残し、適度な空白が心地いいこの街とリンクしている。

画像

ゆったりとした時間が流れる店内で、ホリデーモーニング。彦星ブレンドと織姫ブレンドをお代わり。ノボルとミカコに捧げる珈琲だ。目的地である「ほしのこえ階段」は住宅街の中にあった。

画像

ここはノボルがミカコの幻影に誘われバス停を目指す階段。新海誠の作品には必ず坂や階段、塔が出てくる。それは宇宙を目指す象徴でもあり、魂を昇華する場所。

見出し画像

それでも普通なら見過ごしてしまう何でもない風景。どうして新海誠は、この階段に眼を止めたのか。多くの名画や写真の題材はなんでもない景色だが、新海誠も同じくアンテナを持っている。自分の無意識と常に対話しているからこそ、日常に流されてしまう一瞬を永遠に翻訳できる。社会的な意味を持つ観光地と違い、なんでもない場所にこそ個人の想いが乗る。

画像

登りきった先に何かがあるわけではない。しかし、ここには「なにか」がある。今日、なにかに導かれてここに立ったように、新海誠は言葉にも映像にもできない想いを翻訳してくれる。

新海誠の作品は映画でも文学でもなく「聲」
眼には映らない大切な何かを届けてくれる。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

ほしのこえ DVD サービスプライス版
価格:2,011円(税込、送料無料) (2024/10/21時点)