
『ほしのこえ』は、2002年に公開された新海誠のデビュー作。音楽の天門や声優の武藤寿美、武藤寿美、鈴木千尋など音の部分以外を新海誠がほぼ一人で制作した短編アニメーション。遠い宇宙と地球に引き裂かれた男女がメールを通じて想いを交わす物語を描く。下北沢トリウッドのみの上映ながら話題となり、新海誠の名を世に広めた。
スタッフ
- 監督:新海誠
- 脚本:新海誠
- 原作:新海誠
- 製作:萩原嘉博
- 出演者:武藤寿美、鈴木千尋
- 音楽:天門
- 主題歌:「Through The Years And Far Away」(歌:Low)
- 製作:コミックス・ウェーブ
- 配給:MANGAZOO.COM
- 公開:2002年2月2日
- 上映時間:25分
あらすじ
2046年、地球は異星生命体「タルシアン」との接触を果たし、その脅威に対抗するため、宇宙遠征軍を結成。主人公・長峰美加子は、その一員として宇宙へと旅立つ。しかし、彼女の幼なじみである寺尾昇は地球に残り、彼女を待ち続ける。
戦闘のため遠く離れた惑星へ向かう美加子と、地球に残る昇。二人をつなぐ唯一の手段はメール。しかし、距離が離れるにつれ、送受信には膨大な時間がかかるようになり、ついには数年、数十年ものタイムラグが生じる。
それでも美加子は、昇にメールを送り続ける。「私は今、どこにいるのだろう?」
時空を超えて想いを届けようとする二人の姿を、切なくも美しい映像で描いた、新海誠の代表的な短編アニメーション。
映画レビュー
新海誠デビュー作。英題は『The voices of a distant star』。英題を直訳すると「遠い星の声たち」。声は複数形であり、新海誠にとって重要なキーワード「遠い」が入っている。
処女作と表現されるように、第1作は少女が主人公。『ほしのこえ』は新海誠の25分間の万葉集である。銀河に拉致されたミカコの防人の歌。そして、地球に取り残されたノボルの沈黙の叫び。恋人になるはずだったふたりは何光年も離れたメル友になる。新海誠は我々が見上げている何年も昔の「星の光」を「ほしのこえ」という音に翻訳した。新海誠には目に映るものを音にする音感がある。

本作は短編映画ではなく短歌。下北沢トリウッドで新海誠は「自分で木を切って建てたログハウスのような作品」と語ってくれた。タイトルが女性言語のひらがなで散りばめられているのも、ミカコへ捧げるためであり、木の温もり、透明感を感じさせる。星が降ってきたような天門の音楽が、ふたりをやさしく見守る。銀河が流れるような天門の音楽が、ふたりの距離をささやく。

『ほしのこえ』は電車の中でミカコがメールを打つ場面から始まる。相手は不明。そして圏外。宇宙を舞台とした壮大なストーリーであり、今作が何気ない中学生の”想い”の物語であることを表している。少女の想いは宇宙と等しい。

『ほしのこえ』はミカコとノボルが向き合うシーンがひとつもない。冒頭の階段の会話も、どちらかが横を向いている。対面では本音を言えないのに、メール(手紙)では本当を伝えられる。新海誠はSFを「異次元」ではなく、「現実」の延長線上にあることを描いた。

宇宙と地球をつなぐ文通が、ふたりの距離を残酷に突きつけ、ノボルは何年も織姫を待ち続ける。映画ではノボルから送信するシーンはひとつも描かれず、ミカコからの便りを待ち続ける。メールを受信する光は、地上の星。

高校に入学し、告白された後輩と付き合うも、ミカコが頭から離れない。近くにいる存在より、彼方にいる星に支配される。

ノボルという名は天を見上げる象徴。天国への階段を登るようにミカコを目指し、雪のバス停でメールを読む。そこには寂しさと同時に、ふたりの想い出がある。宇宙の黒い闇と、地球の白い闇。ふたりが逢えない9年間は、ただの9年間ではない。9年×9年に相当する。

ミカコはいつも中学の制服。ノボルと共に過ごした時間を抱きしめたいからだ。学生服は誰も触れることのできない聖域であり、巫女装束。巫女のように宇宙と地球を通信している。
ふたりは逢えない。その距離を埋めようと、言葉を、手紙を綴る。身体は引き裂かれても、互いを想うことはできる。逢えない不自由の中に、互いを想う自由がある。
アガルタの調査中、ミカコは自分の分身であるタルシアンから「託したいの」と話しかけられる。

何を託したいのかは語られない。きっとそれは具体的な何かではなく「託したい」という”想い"。ミカコは「ただノボルに逢いたいだけ」という想いを吐露する。
断絶は「逢いたい」という想いを強固にする。防人の歌や『ほしのこえ』のような想いのカタチが生まれる。それを第三者が享受し、自分の想いと向き合い、対話する。
逢えるか逢えないかではなく、逢いたいと想うことがたいせつなのだ。

想いには他者が存在する。想いに距離はない。想いに賞味期限はない。想いは時空を超える。想いは自由であり永遠。新海誠は、「間に合わなかった想い」の背中を押す。

最後は映像ではなく、文字で締めくくる。「ここにいるよ。」の「。」は14年後の『君の名は。』と同じ。これは「意志」の物語なのだ。星は手が届かないからこそ光輝く。新海誠は悲しみの向こう側にある瞬きを届けた。それが愛であれ希望であれ、絶望でもかまわない。ノボルが見上げる闇の中で、いつもミカコは光っている。
『ほしのこえ』とコンビニアイス

新海誠の作品で初めて登場する食べもの。名前は変えているが、ピノとなっちゃんオレンジ。
帰宅途中、セブンイレブンで買って階段上のバス停。寺尾昇はなにも知らず、高校に入ったら一緒に剣道部に入ろうと少し先の将来を夢見る。雨が上がると二人乗りの自転車で長峰美加子は国連軍に入隊することを告げる。若すぎるふたりの最後の晩餐。
しかし、ミカコは遠い宇宙・アガルタで雨を見ると、あの日のピノを思い出す。「コンビニに行って一緒にアイス食べたい」と願う。地球へ帰還したとき、ノボルとふたりで食べることを夢見る。遠い記憶は絶望でもあり希望。
アイスを思い出した直後、ミカコはノボルとの婚約指輪をつけた大人のミカコと対面する。そして、ノボルはミカコに逢うため艦隊へ入る。
遠い記憶が時間や距離を超える。食べものが宇宙と地球を結ぶ。ミカコと希望を結ぶ。ミカコもノボルも想うことはひとつ。
『ほしのこえ』というタイトル

2002年2月2日。新海誠の映画処女作。唯一、ひらがなのタイトル。新海誠は「自分で木を切って組み立てた、ささやかなログハウス」と例える。日記文学のはじまりとされる『土佐日記』がひらがなで構成されたように、手紙をEメールに置き換えたSF日記、ささやかな独白。
「ほしのこえ」は一見、ミカコからの届かぬ声を指しているように思える。しかし、英題は『The voices of a distant star』。
直訳すると「遠い星の声たち」。声は複数形であり、地球に取り残されたノボルの沈黙の叫びでもある。
ふたり、いや、ミカコとノボル以外のすべての星たちの絶望とそれを超える想い。新海誠は、ひらがなだけのタイトルにろ過することで、強さと深淵を散りばめた。何十年先も何百年先も、その光は輝き続ける。
ほしのこえの『自転車』

『ほしのこえ』はミカコとノボルが正面で向き合う場面がひとつもない。ふたりが地上にいる約5分間で冒頭の階段のシーンも、踏切で会話する場面も、階段上のバス停でも、どちらかが顔を背けている。
真正面で向き合うのはメール。恋文だけが唯一、本音で語り合える手段。新海誠がタイトルを『ほしのこえ』とひらがなにしたように、ことばと手紙を大切にする物語。
ミカコとノボルの関係性を象徴しているのが自転車。ふたりは互いに向き合わず、並走する。しかし心は同じ方向に向かっている。
「愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめること」。サン=テグジュペリが『人間の土地』で述べた意味を、新海誠は自転車だけで表した。
『ほしのこえ』に降る雨

物語のはじめ、下校途中のミカコとノボルに雨が降る。それは不吉な前兆でもあり、同時に生涯における思い出ともなる。
ピノのアイスとなっちゃんのオレンジジュース。最後の晩餐。学校帰りにコンビニで買ったいつも日常がミカコにとっての永遠となる。
「高校でも剣道やるの?」と無邪気に訊ねるノボルに対し、ミカコは「どうかな…」と曖昧な返事しかできない。やがて雨が上がり、ミカコは国連軍に入隊することを告げる。
しかし、このときの想い出があるからミカコは宇宙に取り残されながらも地球を望み、ノボルを願えた。
ミカコは遠いほしにいるが、雨はノボルに想い出を降らせる。雨はミカコの涙である。雨は残酷なやさしさで、ふたりを近づけた。
『ほしのこえ』の衣装

『ほしのこえ』のミカコは宇宙でも制服を着ている。なぜ私服や運動着ではないのか。
それは、ノボルと過ごした時間を宇宙に持って行きたいから。必ず地球に還ってノボルと学生生活を送る決意。制服は意思表明の戦闘服。

アガルタで出会う未来のミカコは左手の薬指に指輪をし、大人っぽい私服を着ている。ノボルと結婚し、平和に暮らす将来。宇宙に取り残された現実の残酷さと未来への希望を新海誠は服に託した。
『ほしのこえ』の音楽
天門が奏でるピアノ、静謐と透明感。
星がヒソヒソとささやくなら、きっとこんな音だろう。宇宙は闇の世界。ふたりを照らす点滅。メールの打刻音にも聴こえる。祈りの声でもある。
天門はメロディによって宇宙を創った。
ほしのこえを聴きに
雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る
秒速5センチメートルの舞台を追う
星を追う子どもをつかまえに
言の葉の庭の舞台を巡る
君の名は。を逢瀬する
天気の子を見上げる
すずめの戸締まりを旅する
彼女と彼女の猫を巡る
新海誠 もうひとつの世界
新海誠と新宿
新海誠の映画レビュー集を出版しました

新海誠監督ご本人も気づかなった作品の深淵に迫った映画レビュー集です。