シネマの流星

映画とは魔法。どこでもドアであり、タイムマシン。映画館の暗闇はブラックホール。スクリーンの光は無数の星たち。映画より映画館のファン

新海誠『秒速5センチメートル』13歳で止まった桜色のラプソディ

秒速5センチメートル

『秒速5センチメートル』は、2007年に公開された新海誠監督の長編アニメーション作品。『ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』に続く3作目であり、"会えない"ことをテーマにした3部構成のストーリー。主題歌には山崎まさよしの「One more time, One more chance」を起用し、今も新海誠のベストワンに挙げるファンが多い。

スタッフ

  • 監督:新海誠
  • 脚本:新海誠
  • 原作:新海誠
  • 製作:伊藤耕一郎、川口典孝
  • 出演者:水橋研二、近藤好美、花村怜美
  • 音楽:天門
  • 主題歌:「One more time, One more chance」(歌:山崎まさよし)
  • 製作:新海クリエイティブ、コミックス・ウェーブ
  • 配給:コミックス・ウェーブ
  • 公開:2007年3月3日
  • 上映時間:63分

あらすじ

第一話『桜花抄』

小学生の遠野貴樹と篠原明里は、互いに特別な感情を抱いていた。しかし、明里が転校し、二人は離れ離れに。ある雪の夜、貴樹は明里に会うため、電車を乗り継ぎながら彼女のいる町を目指す。しかし、雪の影響で電車は遅れ続け、ついには終電近くに…。

第二話『コスモナウト』

種子島に住む澄田花苗は、同級生の貴樹に恋心を抱いていた。だが、貴樹の心はどこか遠くを見つめている。花苗は勇気を振り絞って想いを伝えようとするが、貴樹にとって彼女は「大切な存在」ではあっても、心の支えにはなれない。遠い空を見上げる貴樹の視線の先には、一体何があるのか?

第三話『秒速5センチメートル』

大人になった貴樹は、東京で働いていた。しかし、どこか満たされない日々を過ごしていた。ある日、踏切でふと振り返ると、そこにはかつての思い人・明里に似た女性の姿があった。

映画レビュー

秒速5センチメートル

劇場3作目、63分、新海誠の最高傑作にして、アニメーションの頂点、エヴェレスト。英題は『a chain of short stories about their distance』。色は桜。

新海誠は止めることができない「時間」と、自らの意志で動かす「時」を描いた。過去という強烈なロイター板を踏み込んで羽ばたく。

言葉にならなかった感情がどこにいくのか? ドラマチックじゃない恋愛こそが本当のドラマチックであることを描いてみせた。

起承転結ではなく「承」を省いた。起・転・結。ホップ・ステップ・ジャンプのように強烈なリズムとインパクトを刻む。そして今作には「秋」が登場しない。今作は3楽章からなる「音の映画」

メインテーマの『想い出は遠くの日々』は日本映画史上、最高の音楽。これを超える映画音楽は日本に存在しない。

ピアノの音色は黒。暗闇が支配する。温度は冷たい。孤独、未練、哀愁、後悔、儚さ。しかし、五線譜が苦しみで満たされたとき、得体の知れない力が希望に変える。人はそれを永遠と呼ぶ。

第1話『桜花抄』

秒速5センチメートル

オープニングは水たまりに舞い散る桜。悲恋湖であり、貴樹の涙でもある。そこに想い出の桜(明里)が降りそそぐ。なんという情緒。

桜は見上げる花だからこそ、あえて観客の目線を下げる。ファンタジーの世界に飛翔されるのではなく、内面に降りてこさせる。至高の初速。

11歳の明里は桜を「雪みたいだね」と言う。いつか溶けてなくなる貴樹との距離を無意識に感じている。儚さという美をいつまでも忘れない覚悟がそなわっている。これが女性の強さなのか。

秒速5センチメートル

舞い降りる雪と、舞い散る桜。それは独りで歩くための涙。「秒速5センチなんだって」は、ふたりの距離を詰めていきたいと願う明里からの告白。

現実で桜の落ちるスピードは秒速5センチより速い。今作のタイトルは”明里の思い込み”であり、速度を表したものではない。”意志”を描いたものだ。

明里は貴樹をおいて駆け出し、踏切の向こうにゆく。少女は少年の先をいき、貴樹は明里の背中を追う。遮断する踏切はふたりの未来。

秒速5センチメートル

新海誠は、小道具を重要なキャラクターとして使う。今作では「踏切」。第1章は貴樹と明里を引き裂く遮断の象徴として。第3章では遮断機の棹が上がる貴樹の新しい人生の幕開け。踏切を人生の指揮棒のように操り、絶望と希望の両極を奏でる。

秒速5センチメートル

転校によって一緒になった2人は転校によって引き裂かれる。栃木の岩舟は13歳の貴樹にとっては外国。さらに絶望を塗り重ねるように、貴樹は種子島への引っ越しが決まる。

秒速5センチメートル

3月4日の雪の夜、桜の木下でふたりはキスをする。始まりファーストキスは、さよならのくちづけ。口に出したくない「さようなら」を唇を交わすことで相手に伝える。新海誠は雪の温度を描いた。この夜から明里の心から貴樹は溶けていき、貴樹の心には明里が金属の錆のようにこびりつく。

第2話『コスモナウト』

秒速5センチメートル

南国の少女の眼と恋心をフィルタに、貴樹の孤独を浮き彫りにする。風来坊の少年と故郷に根を張る少女。秒速5センチメートルを崇高にしているのは「コスモナウト」の転調である。最終章へのブリッジとして、これほど見事な架け橋は存在しない。

秒速5センチメートル

貴樹は売店で毎回、種子島コーヒーを買うが、花苗は何を買おうかいつも迷う。この対だけで、貴樹の心がここに無いことを表している。

秒速5センチメートル

飲み口が向き合っているのは結ばれない貴樹と花苗を想っての新海誠のやさしさであり、背丈の違いは届かない想いを表現した残酷さ。

秒速5センチメートル

新海誠は女性の待つ姿を描くのが美しい。『ほしのこえ』でミカコが制服を着たままノボルからの連絡を待つ姿、『雲のむこう、約束の場所』の夢の中でサユリがヒロキを求める姿、そして今作の明里や花苗が貴樹を待つ姿。

秒速5センチメートル

新海誠は「動」よりも「静」にその真骨頂がある。

秒速5センチメートル

波に乗れたら貴樹に告白すると決めた花苗。しかし、2人が運転するカブのように、決して結ばれることはない。それぞれの人生を走るしかない。

秒速5センチメートル

波に祝福された花苗と、さざ波に心をかき乱された貴樹。山に囲まれた栃木の岩舟との対も貴樹と明里が交わることはないと示唆している。

秒速5センチメートル

貴樹は花苗の気持ちに気づいていながら、どうすることもできない。明里は別れへの助走のように手紙を送っていたが、やがて途切れる。明里との文通に呪われた貴樹は、手紙の代わりに空メールを打つ。そして、貴樹はますます長い闇に逃げ込む。

秒速5センチメートル

種子島に引越し、サッカーから弓道に転身するも、闇は深まる。弓道は遠距離恋愛の象徴であり、遠くにいる的(明里の心)に想いを届けたい貴樹の願いを込めている。しかし、そこに明里はおらず、遥かを見つめるしかない。

大人の事情によって引き裂かれた貴樹は、同級生の誰よりも落ち着いている。それは早く自分が大人になろうとする意志の態度だが、大人になればなろうとするほど、貴樹は自分を苦しめる。

秒速5センチメートル

貴樹の心には消えない星がある。コスモナウトは「宇宙飛行士」。貴樹の心は此処にはない。宇宙に取り残された星だ。明里は貴樹にとって唯一の星、灯りだった。貴樹の視界は常に闇の世界、宇宙空間のように漆黒。

明里とこうなることは、あの雪の夜に自覚したはずなのに。貴樹が失ったのは、明里ではなく自分自身。

秒速5センチメートル

そして明里の言う「大丈夫」な人間になろうと、他人に優しく振る舞うが、それは花苗のためではなく、自分のため。やがて花苗はそれに気づく。

秒速5センチメートル

NASADAのトレーナーを見ながら花苗がつぶやく「時速5キロなんだって」は、本作で最も深いセリフでもある。貴樹は花苗の気持ちを知り、2人は結ばれる可能性もあった。花苗は明里の代わりになることもありえた。

秒速5センチメートル

しかし、この台詞によって、貴樹は花苗が明里になれないことに気付かされる。この瞬間、貴樹のなかで明里の色は濃くなり、花苗への視界はぼやける。明里とは5センチの距離だったが、花苗とは5キロもの距離がある。

夏の終わり、貴樹は旅立ちを決意する。ロケットは明里がいる東京へ旅立つ貴樹であり、貴樹から旅立つ花苗でもある。

第3話『秒速5センチメートル 』

秒速5センチメートル

西新宿の高層ビルに魅せられ、中野坂上に住む貴樹。孤独を摩天楼で包み隠すことでなんとか生きている。必死に自分を探そうとしている。

失った穴は時間が埋めてくれるはずなのに、時間が経つほど貴樹の空白は大きくなる。岩舟、種子島と距離が開くほど明里の存在は大きくなり、東京に帰ってからは余計に穴が深まる。

その空白をどう埋めるのか?時間は流れるが、時は自分で動かすもの。自分の意志でしか、時は歩き出さない。

明里を想い続ける貴樹と対照に、明里にとって貴樹はどんな存在なのか?雪の夜、口づけを交わした瞬間、明里の貴樹への関係性は変わった。

秒速5センチメートル

恋人でも親友でも兄妹でもない。「大丈夫だよ」とほほ笑む明里は、母親のよう情愛が芽生えた。雪の桜は母性の目覚め。だから第3章では明里の声優が変わっている。一方、心が止まったままの貴樹は水橋研二から変わっていない。

秒速5センチメートル

水野理紗と付き合うが、互いの心は反対の方向を向いている。

3話はセリフが少ない。14分のうち、半分は山崎まさよし『One more time, One more chance』

秒速5センチメートル

もう一度2人で見たかった桜。多くの花はその美しさで時間を忘れるのに、桜だけは好きな人と見たくなる。誰かを連れてくる不思議な花だ。

貴樹は無意識のうちに、「あのときの感情」が封じ込められた踏切にやって来る。風景は感情の痕跡であり、過去からの手紙。

ただし、ふたりがすれ違う踏切は桜花抄の西参道ではなく、参宮橋。貴樹も明里も過去と同じではない。未来を生きている。参宮橋の踏切は希望の轍。

秒速5センチメートル

明里は1週間後に恋人と結婚する。だから明里は対抗列車が通り過ぎるのを待たず、先へ向かった。

それでも、ほんのわずかでも貴樹は明里と重なり合うことができた。西参道ではなく参宮橋という未来の場所で。貴樹は明里に声をかけない。その余白が未来を創り、貴樹は前を向く。

秒速5センチメートル

桜が舞い散るとき、哀しみの涙も流れ落ちた。喪失と前進。踏切の遮断機が上がり、ようやく貴樹の幕が上がる。遮断機は貴樹の人生の指揮棒。『桜花抄』の2人を引き裂く踏切とは逆の時を奏でた。それはあまりに長い時間だったが、13歳の明里が言うように、もう貴樹は大丈夫だ。秒速5センチメートルで、ゆっくりと歩き始める。

『秒速5センチメートル』というタイトル

『秒速5センチメートル』というタイトル

2007年3月3日。まだスマートフォンが世界の時間を束縛する前。新海誠はアニメ史における最高傑作を奏でた。

ストレートにして、最も滋味と深淵を宿したタイトル。新海誠の全作品の中で至高の題をひとつだけ選ぶなら本作以外にありえない。

人生を歩む速度、心が届く速度、心が離れる速度。そして、ラストでは貴樹が新たな人生に歩き出す速度。貴樹、明里、花苗。スピードはそれぞれ異なる。「時速」でなく「秒速」であるところに新海誠のやさしさと強さが刻まれている。

5センチメートルは、距離もある。明里とは5センチ。花苗とは5キロの距離があった。水野とは体で重なったのに、心は1センチも近づけなかった。

貴樹の心の穴は、時間が経つほど大きくなる。岩舟、種子島と距離が開くほど明里の存在は大きくなる。東京に戻ってからも空洞は深まる。空白をどう埋めるのか?時間は流れるが、時は自分で動かすもの。自分の意志でしか、時は歩き出さない。

秒速5センチメートルは桜ではなく、散りゆく桜とともに生きる人が歩んでいくスピード。13歳で人生の「時」を止めた貴樹は27歳になって再び人生の秒針を動かす。だから本作は「秒速」なのである。

花は見た目が美しいのではない。「咲く」「舞う」「散る」。花は名詞ではなく動詞。新海誠は桜を動詞にした。『秒速5センチメートル』は世界で最も美しい動詞なのである。

第1章「桜花抄」

“桜のように儚く美しいひととき”を、そっと抜き取って記した章であり、出逢いも別れも人生の中の一編にすぎないことを示唆している。

第2章「「コスモナウト」

「コスモナウト(Cosmonaut)」はロシア語で「宇宙飛行士」。澄田花苗は、宇宙飛行士のように孤独に、誰にも感情を伝えられずに彷徨う。貴樹も明里という、“地球から遠く離れた星”を見上げ続けている。コスモナウトは、二人の宙ぶらりんの心。

『秒速5センチメートル』ほうじ茶とコーヒー

『秒速5センチメートル』ほうじ茶とコーヒー

『秒速5センチメートル』では食べものに物語を宿した。3月4日の大雪の夜、岩舟駅で貴樹は生まれて初めてほうじ茶を飲む。おむすびには緑茶よりも、ほうじ茶のほうが合うことを明里は知っている。明里のおむすびを「今まで食べたものの中でいちばん美味しい」と言う。「おむすび」は「お結び」。貴樹と明里は結ばれる。しかし、おむすびを食べたら無くなるように、ふたりの結びも消えていく。明里のおむすびは美しく、残酷の象徴でもある。

秒速5センチメートル

貴樹の告白は嘘でも建前でもない。ひとつの弁当箱をふたりで分け合う。その距離は5センチもない。ほうじ茶は岩舟の明里との大切な思い出。永遠の味。貴樹がほうじ茶を飲むたび、明里のことを思い出すだろう。

舞台を種子島に移す「コスモナウト」では、貴樹と花苗のすれ違いをふたつのドリンクで表現した。花苗はいつも迷いながらヨーグルッペを選ぶが、貴樹は思考停止したように種子島コーヒーを選ぶ。

ご当地のドリンクを選んでおきながら、心は此処にない。ドリンクの背丈の違いはふたりの距離を、互いに飲み口が向き合っている構図は叶わぬ恋を。残酷さと温もりを同居させたシーン。両端を1カットで描く新海誠の真骨頂。

秒速5センチメートル

貴樹は種子島に引っ越して以降、コーヒーを飲むシーンしか出てこない。第三章で27歳になっても、ずっとスターバックスの珈琲を飲んでいる。その表情も心ここに在らず。貴樹の心が止まっていることを珈琲の描写で表している。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

新海誠にとって最も大切な乗り物は電車だろう。少年の頃、小海線のレールの先に未来を見据えていた。新海誠を東京に連れてきたのは電車である。前作『雲のむこう、約束の場所』で描いた外ヶ浜町は第二の故郷であり、津軽線の電車は少年時代の小海線。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

その電車すらも新海誠は残酷な象徴として描く。この強靭さこそ、新海誠が持つ作家性。明里のもとへ向かう貴樹。しかし、雪に足止めされた電車は、刻々と絶望を突きつける。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

電車は時刻が決められており、自分の力ではどうしようもできない。ただ運命に揺られ、身を委ねる。それでも電車の遅延があったからこそ、貴樹は一瞬だけでも明里と結ばれた。電車は貴樹を明里のもとに送り届けるだけでなく、ふたりの運命を切り裂いていく。この両極を描く新海誠の真骨頂。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

第二章「コスモナウト」で、新海誠はカブを使って男女の恋愛を奏でた。カブは種子島の学生が通学に使う乗り物だが、それ以上に大きな意味がある。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

二人乗りの自転車ではなく、距離を置いてふたりは並走する。明里はいつも貴樹の前を走るが、花苗は貴樹のあとをついていく。貴樹は花苗の先導者にすぎない。

秒速5センチメートルの『電車』『カブ』

ようやく横並びになったとき「時速5キロなんだって」の花苗のセリフでふたりは決定的に断絶する。カブは貴樹と花苗が別々の人生を自分のハンドルで生きていく運命の乗り物だ。

そして、バイクは貴樹の未来も表している。バイクという乗り物は、自己の意思で人生を切り拓こうとする象徴でもある。明里を失った世界の中でも、心の片隅で自分の道を進む意志が、バイクという乗り物を通じて視覚的に強調されている。『桜花抄』で貴樹は電車に乗った。それは、他者に目的地へ連れて行ってもらう乗り物。それが『コスモナウト』ではバイクに変わったからこそ、ラストで貴樹は自分の足で踏切に向かえた。だから貴樹は自分で未来を迎え入れられた。新海誠は、通学の道具であるカブを人生の前進として捉えた。

秒速5センチメートルの「服」の色

秒速5センチメートルの「服」の色

新海誠の最高傑作『秒速5センチメートル』は貴樹が13歳で時を止め、27歳で再び秒針を進めるストーリー。貴樹の時が止まったことを新海誠は服の色で表した。貴樹は小学生から服の色が変わらない。

秒速5センチメートルの「服」の色

明里に逢い行った中学生も同じ色。

秒速5センチメートルの「服」の色

そして14年ぶりに明里とすれ違う27歳でも同じ色。

秒速5センチメートルの「服」の色

明里は桜が舞う小学生のときは桜色、雪が舞う中学生では白、そして再び貴樹とすれ違う27歳では桜色を着ている。貴樹にとって、明里は桜であり、溶けてなくなる雪でもある。明里の服は貴樹から見えた色彩なのである。

秒速5センチメートルの音楽

しんしんと雪が舞い降りるように、メロディが空から降ってくる。しんしんは深々であり、新進。新しいなにかが進んでいる。

秒速5センチメートルの音楽『想い出は遠くの日々』

この音楽は何を訴えているのだろう。天門はなにを奏でたかったのだろうか?

桜も雪もない。風すらない。貴樹も明里もいない。でも確かに何かがある。

音の色は黒。暗闇が支配する。温度は冷たい。でも温かい。

孤独、未練、哀愁、後悔、儚さ。すべてがある。貴樹と明里の出逢いが緩やかに訪れ、ふたりの想い出がメロディの中で育まれ、突然に別れがやってくる。五線譜が悲しみで満たされたとき、それを人は永遠と呼ぶ。残酷という美が重力に変わる。断ち切るとは縫うということ。縫うということは断ち切ること。

『秒速5センチメートル』—貴樹・明里・花苗の哲学

貴樹―「時間」を背負って歩く者

貴樹は時間の被写体であり、同時に撮影者でもある。過去という暗室で現像された一枚の写真を、現在という光に晒し続ける。出来事は終わっているのに、出来事を可能にした「時」は終わらない。だから貴樹は繰り返し同じ場所(踏切・高架)へ戻る。
貴樹の魅力は、忘却に抵抗しない誠実さにある。忘れないことは勇気であり、未完成を抱く意思である。

明里―「距離」に形を与える者

明里は距離の詩学である。彼女は近さで相手を包まず、離隔で相手を守る。桜と雪という二つの落下運動をまとい、接近と別離を同一の美として受け止める。彼女の手紙は所有の宣言ではなく、相手の時間を尊重するための余白だ。

明里の魅力は、関係を「名付けない」勇気にある。恋人でも親友でもない、その中間の名前のない領域に、彼女は静かに灯りを置く。足りなさを埋めようとしない。足りないまま美しくあろうとする。その成熟が、貴樹の内部で時を止めもすれば、再び動かしもする。彼女は相手を完成させないことで、相手の自由を守る。距離は拒絶ではなく、相手の未来へ残すスペースであることを、彼女は体現する。

花苗―「運動」を生きる者

花苗は運動の哲学である。彼女は止まった時間に寄り添うのではなく、動いている自分を差し出す。カブで並走し、波を読み、転ぶことを恐れない。彼女は「時速」の人間だ。秒速の繊細よりも、日常の推進力で関係に参加する。

花苗の魅力は、報われなさをもって世界に参加し続ける明るさにある。叶わないことを、価値の不在と同一視しない。たとえ届かなくとも、届こうとした身体の軌跡が自分の輪郭になることを知っている。彼女の視線は所有へではなく、自己の更新へ向く。だから彼女の告白は敗北ではない。人生の速度を他人に合わせないという、小さな独立宣言である。

三人がつくる一つの命題

貴樹は記憶を守り、明里は距離を守り、花苗は運動を守る。三者は「愛=到達」という幻想を解体し、「愛=関係の持続的な仕方」へ置き換える。
ここでの速度は、結果に到る速さではなく、関係を扱う手つきの細やかさだ。秒速は、触れ方であり、別れ方の礼節であり、歩き方の作法である。三人はそれぞれの速度で、同じ問いを運ぶ。人は、届かないまま、どう美しくありうるのか。

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秒速5センチメートルの舞台を追う

ほしのこえを聴きに

雲のむこう、約束の場所の舞台を巡る

星を追う子どもをつかまえに

言の葉の庭の舞台を巡る

君の名は。を逢瀬する

天気の子を見上げる

すずめの戸締まりを旅する

彼女と彼女の猫を巡る

新海誠 もうひとつの世界

新海誠と新宿

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