
『アパートの鍵貸します』(The Apartment)は、1960年に公開されたアメリカ映画。監督はビリー・ワイルダー。ニューヨークの保険会社を舞台に、出世と孤独のはざまで揺れる平凡な男と、同じ職場で働く女性の不器用な関係を描いたロマンティック・コメディである。
スタッフ
- 監督:ビリー・ワイルダー
- 脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド
- 製作:ビリー・ワイルダー
- 製作総指揮:ウォルター・ミリッシュ
- 音楽:アドルフ・ドイチュ
- 撮影:ジョセフ・ラシェル
- 編集:ダニエル・マンデル
- 配給:ユナイテッド・アーティスツ
- 公開:1960年
- 上映時間:120分
物語の中心にあるのは、アパートの「鍵」だ。それは単なる部屋の鍵ではなく、他人の欲望や都合を引き受けるための道具であり、同時に、自分自身の居場所を差し出してしまう象徴でもある。軽やかな会話とユーモアに包まれながら、この映画は、組織の中で“便利な人間”として生きることの寂しさを、静かに浮かび上がらせていく。
キャスト

- C・C・バクスター(バド):ジャック・レモン
- フラン・キューブリック:シャーリー・マクレーン
- ジェフ・D・シェルドレイク部長:フレッド・マクマレイ
- ジョー・ドービッシュ:レイ・ウォルストン
- ドライファス医師:ジャック・クルーシェン
ジャック・レモンの弱さと可笑しさ、シャーリー・マクレーンの傷つきやすさ、そしてフレッド・マクマレイの笑顔の裏に潜む冷たさ。それぞれの人物が、60年代初頭の都会の空気の中で、少しずつすれ違いながら配置されている。
あらすじ

ニューヨークの保険会社に勤める平社員バド・バクスターは、昇進のために奇妙な便宜を図っていた。上司たちに自分のアパートの鍵を貸し、愛人との密会場所として提供していたのだ。その代わりに評価を得たバドは、毎晩遅くまで外で時間を潰し、孤独な生活を送っている。
やがて人事部長シェルドレイクにも鍵を貸すことになり、バドは課長補佐へと急昇進する。同じ頃、彼は会社のエレベーター係フラン・キューブリックに好意を抱き、デートに誘う。しかしフランは約束の夜に現れない。彼女こそが、シェルドレイクの愛人だったのだ。
クリスマス・イブ、失意のフランはバドのアパートで睡眠薬を飲み、自殺を図る。帰宅したバドは彼女を救い、隣人の医師の助けを借りて看病する。その出来事を通して、二人の間には静かな信頼関係が生まれていく。
一方、シェルドレイクは私生活の混乱を抱えながらも、なおバドを都合よく使い続けようとする。大晦日、再び鍵を要求されたバドは、ついにそれを拒否し、会社を辞める決断を下す。
年が明けた夜、フランはバドのもとへ戻ってくる。愛の言葉は交わされない。ただ二人は、同じテーブルにつき、トランプを始める。その静かな時間の共有から、物語は終わりを迎える。
映画レビュー:人に貸した鍵は、自分の人生を開けてしまう

『アパートの鍵貸します』は、「他人の期待に応え続ける人生」についての映画だ。
バド・バクスターは、野心家というほどでもなく、反抗的でもない。ただ、会社の中で少しでも居心地のいい場所を手に入れたいだけの男だ。そのために選んだ方法が、自分のアパートを上司たちの密会用に貸すことだった。ここに、計算と諦めがある。身体を売るわけでも、違法なことをするわけでもない。ただ「空いているもの」を差し出す。それが、自分の部屋であることの重さに、最初、気づいていない。
鍵を渡すという行為は、単純だ。それは、「自分の時間」「自分の生活」「自分の孤独」を、他人の欲望に明け渡すことでもある。バドは昇進する代わりに、夜の居場所を失っていく。会社では評価されるが、帰る家がない。ここで映画は、出世が必ずしも前進ではないことを、声高にではなく、状況として見せる。
フラン・キューブリックは、明るく、愛想がよく、どこにでもいそうな女性だ。彼女もまた、「誰かの都合のいい存在」として扱われてきた人間だ。彼女が選んだ関係は、自由そうに見えて、実際には相手の人生の空白に押し込まれただけのものだった。彼女の絶望は、特別な悲劇ではない。軽く扱われる日常が、ある夜、限界を越えただけだ。
この映画が優れているのは、誰かを完全な悪者にしない点にある。シェルドレイク部長は冷酷だが、怪物ではない。組織の論理の中で振る舞っているにすぎない。問題は、そうした論理が、人の心を簡単に踏み越えてしまうことだ。
物語の後半、バドは昇進のチャンスを前にして、初めて「鍵を渡さない」という選択をする。それは勇敢な反抗ではない。むしろ、とても遅くて、小さな決断だ。だが、その小ささこそが重要だ。彼は世界を変えない。ただ、自分の部屋だけを取り戻す。
ラストでフランがバドのもとへ戻ってきたとき、二人は将来の約束をしない。愛を誓い合うわけでもない。ただ、トランプを配り、「ゲームをしよう」と言う。この場面には、大きな意味がある。ただ一緒に時間を過ごすという、ごく当たり前の行為を選ぶこと。それが、これまで奪われ続けてきたものだったからだ。
『アパートの鍵貸します』は、成功や恋の勝利を描く映画ではない。自分の居場所を、他人の期待から引き戻すまでの物語だ。鍵を返すことは、誰かを拒絶することではない。自分の人生に、もう一度入室することなのだ。

