
『ターミネーター2』(原題:Terminator 2: Judgment Day, T2)は、1991年公開のアメリカ映画。ジェームズ・キャメロンが監督・脚本・製作を務め、シリーズ第1作を“運命は変えられる”という倫理へ反転させたSFアクションの金字塔である。液体金属の殺戮機T-1000と、再プログラムされ“守護者”となったT-800。母サラと息子ジョンの逃走譚は、テクノロジーと人間、決定論と選択の哲学を、溶鉱炉の熱と電子音の鼓動で可視化する。
スタッフ
監督・脚本・製作:ジェームズ・キャメロン
脚本:ウィリアム・ウィッシャー
製作総指揮:ゲイル・アン・ハード、マリオ・カサール
音楽:ブラッド・フィーデル(テーマ/スコア)
主題歌:「You Could Be Mine」ガンズ・アンド・ローゼズ
撮影:アダム・グリーンバーグ
編集:コンラッド・バフ、マーク・ゴールドブラット、リチャード・A・ハリス
製作:カロルコ・ピクチャーズ/ライトストーム・エンターテインメント ほか
配給:トライスター・ピクチャーズ(米)/東宝東和(日本)
公開:1991年7月3日(米)/1991年8月24日(日本)
上映時間:137分
キャスト

T-800:アーノルド・シュワルツェネッガー
サラ・コナー:リンダ・ハミルトン
ジョン・コナー:エドワード・ファーロング
T-1000:ロバート・パトリック
マイルズ・ダイソン:ジョー・モートン
あらすじ

1994年のロサンゼルス。1997年「審判の日」を知るサラは収監され、10歳のジョンは里親のもとで問題児として暮らす。未来から再び二体の機械が到来――液体金属のT-1000と、守護者に再プログラムされた旧型T-800。ジョンはT-800と共にサラを救出し、審判の日を起こす研究の源流がサイバーダイン社と技術者ダイソンにあると知る。一行は因果の輪を断ち切るべく研究を破壊、最後は製鉄所でT-1000を溶解。残された1片の因子を消すため、T-800は自らも溶鉱炉に沈む。親子は“運命は書き換えられる”という手触りを握りしめて夜明けへ向かう。
映画レビュー:『ターミネーター2』―愛とは行動である

『ターミネーター2』は、シュワルツェネッガーの最高傑作。ミスター・ユニバースの筋肉でも銃でもなく、“守る”という行為で世界を背負う。
未来から送り込まれた殺人マシンが、少年ジョン・コナーを守る任務を受ける。最初は命令どおりに動くただの機械。しかしジョンに「殺すな」と命じられた瞬間、ターミネーターはただのプログラムから“行動する存在”へと変わる。感情を持たない。だが、その命令を守り抜く姿は、まぎれもなく愛の形だ。
この映画で描かれる愛は、言葉ではなく、選択と行動によって表される。命令であっても、理由がなくても、誰かを守るという行為を貫く。それこそがキャメロンの描く“愛”であり、ターミネーターのラストシーンが胸を打つ理由だ。

溶鉱炉に沈むとき、T-800はサムズアップを残す。それは「ミッション完了」ではない。“愛を学んだ”という証明である。感情を持たないはずの機械が、他者の痛みを理解し、笑顔を見せ、そして静かに去る。キャメロンはこの瞬間、人間より人間らしいヒーローを完成させた。
キャメロンは「沈む男」を描かせたら世界一の監督だ。『タイタニック』のディカプリオも、『T2』のシュワルツェネッガーも、どちらも“沈む”という行為で愛を完成させる。それは犠牲ではなく、「自分より大切な存在を残す」ための選択。キャメロンの男たちは皆、死によって愛を語る。だがその死は絶望ではなく、伝達の形だ。
T-800がジョンを抱きしめるとき、そこには親子でも師弟でもない愛がある。守ること、教えること、そして去ること。この三つの動作の中に、人間の進化より深いドラマがある。

『ターミネーター2』は、SFアクションの皮をかぶった“愛の映画”だ。銃弾よりも強いのは命令ではなく、思いやりの選択。キャメロンはそのシンプルな真理を、最も壮大なスケールで描いてみせた。沈むシュワルツェネッガーの姿は、いまもスクリーンの奥で光を放っている。それは機械の光ではない。人間がようやく辿りついた、行動としての愛の輝きだ。
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