シネマの流星

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宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

『紅の豚』は、1992年に公開された日本のアニメーション映画。原作・監督は宮﨑駿。自らの短編漫画『飛行艇時代』をもとに、第一次世界大戦後のアドリア海を舞台に、人間に戻ることを拒んだ豚の賞金稼ぎポルコ・ロッソの孤独と誇り、そして空を巡る戦いとロマンスを描いた作品。

スタッフ

宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

  • 監督:宮﨑駿
  • 脚本:宮﨑駿
  • 原作:宮﨑駿『飛行艇時代』
  • 音楽:久石譲
  • 制作:スタジオジブリ、徳間書店、日本航空
  • 配給:東宝
  • 公開:1992年7月18日(日本)
  • 上映:93分

声の出演(キャスト)

  • ポルコ・ロッソ(マルコ・パゴット):森山周一郎
  • ジーナ:加藤登紀子
  • フィオ・ピッコロ:岡村明美
  • ドナルド・カーチス:大塚明夫
  • マンマユート団ボス:上條恒彦
  • フェラーリン中佐:稲垣雅之
  • ピッコロ親方:桂三枝(現・六代 桂文枝)
  • 大戦のエース:大塚周夫

あらすじ

宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

時は1920年代、第一次世界大戦後のアドリア海。空賊が空を支配する時代に、一匹の豚が空を駆ける。その名はポルコ・ロッソ。かつてはイタリア空軍の英雄だった男は、いまや自らに呪いをかけ、豚の姿で生きる賞金稼ぎとなっていた。

空賊たちとの戦い、謎めいた美女ジーナ、飛行艇技師の少女フィオ、そしてアメリカからやってきた自信過剰なカーチスとの一騎打ち。ポルコの過去と誇り、傷と再生が、青く広がる地中海の空を舞台に描かれていく。

「飛ばねぇ豚はただの豚だ」。これは、空を愛し、自由を選んだひとりの男の、美しくも哀しい物語。

映画レビュー

宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

551蓬莱の豚まんのようにチャーミングな映画。豚(グアンチャーレ)vs.牛(カウボーイ)の対決。もうひとつの『カリオストロの城』

このチャーミングさが生きるのは、そこに哀しみがあるから。アドリア海は、かつて夢見た時代の記憶であり、もう戻らない自由の残響であり、飛空艇とアビエイターの墓場。

「飛ばない豚はただの豚だ」。その言葉からは、死に場所を探しているように聞こえる。戦争から足を洗ったあともポルコは特攻隊になっている。

ジーナも夫を亡くしているが、本当は自分の死に場所を探している。過去の闇を夜間飛行している。時間に取り残された記憶の女性として、ポルコの喪失を抱えている。そこに、フィオが未来を吹き込む。

宮﨑駿『紅の豚』抗わない反逆者の物語

飛空挺は男根。紅の道祖神。紅の男根を愛撫(修復)するのは女性たち。ポルコはケツのデッカいフィオの尻に敷かれる。それは男にとっての栄誉。宮﨑駿は「空と海が心を洗う」と言うが、男の心を洗うのは女。女は心の洗剤であり柔軟剤。

空は自由であり、回復であり、記憶であり、戦友たちが眠る墓場。英雄とロマン主義の輸出者であるカーチスは、空を成功と大金の場所として捉える。戦争をビジネス化、ゲーム化するアメリカ人の魂そのもの。空はエンターテイメント空間。その清涼剤が『紅の豚』に清涼飲料水のような爽快感を与えている。空を登るカーチス、空を漂流するポルコ。そのコントラストが鮮やか。どちらも正しく、どちらも不完全。どちらも未完。自由であるためには、抗い続けること、未完であり続けること。宮﨑駿はカリオストロの城と同じく、最後に男が女を振り回す。男は風となって女から去る。ポルコは『男とはつらいよ』の車寅次郎。ポルコは、今日もどこかで風のふりをして飛んでいる。

空に置き忘れた祈りと、海に沈めた悔いが、静かに共鳴している。この物語は、空に恋した者たちの、ささやかな追悼である。

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