シネマの流星

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『炎の人ゴッホ』燃えて、消えて、最後に描いたのは、死という光

『炎の人ゴッホ』燃えて、消えて、最後に描いたのは、死という光

『炎の人ゴッホ』(原題:Lust for Life)は、1956年にアメリカで制作された伝記映画。原作はアーヴィング・ストーンによる同名の小説。実在の書簡と記録をもとに、画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの生涯、創作への執念を克明に描く。原題の「Lust for Life」は、「生への渇望」の意味。原題も見事だが、「炎の人ゴッホ」と訳した日本の翻訳者も素晴らしい。

スタッフ

  • 監督:ヴィンセント・ミネリ
  • 脚本:ノーマン・コーウィン
  • 原作:アーヴィング・ストーン
  • 主演:カーク・ダグラス(ゴッホ)
  • 制作:MGM
  • 配給:MGM(アメリカ)
  • 公開:1956年9月17日(アメリカ)
  • 上映:122分

キャスト

『炎の人ゴッホ』燃えて、消えて、最後に描いたのは、死という光

  • ゴッホ:カーク・ダグラス
  • ポール・ゴーギャン:アンソニー・クイン
  • テオ:ジェームズ・ドナルド
  • クリスティン:パメラ・ブラウン
  • ウルスラ:ジル・ベネット

あらすじ

神に仕える道を断たれたゴッホは、「描くこと」こそが自分の信仰だと確信し、画家を志す。ベルギーの炭鉱、オランダの村、パリ、アルル。場所を転々としながらも、ゴッホは執拗に自らの表現を模索し続ける。

理解者である弟テオの支えを受けながら、ゴッホは画家ポール・ゴーギャンとの出会いを経てアルルの「黄色い家」で共同生活を始めるが、やがて心の病に蝕まれ、破局を迎える。耳切り事件、療養所生活、そして最期の地オーヴェル=シュル=オワーズへ。

作品の中では、ゴッホの創作の炎が燃え上がる瞬間と、それと引き換えに崩れていく心の内側が、絵画と一体となって描かれる。その魂の軌跡は、まさに“炎の人”と呼ぶにふさわしい。

映画レビュー

『炎の人ゴッホ』燃えて、消えて、最後に描いたのは、死という光

現在の異常な世界的なゴッホ人気に、この映画が火を注いだことは間違いない。単なる“先駆的ゴッホ映画”にとどまらず、今なお代名詞として語られ続けている理由は、もっと根源的なところにある。

この映画が「嘘でしか触れられない真実」を描こうと挑んでいるからだ。映画は嘘にまみれた産物。そこから逃げず、「嘘」を徹底的に掘り下げ、貫くことで、嘘をつくことでしか見えない真実が現れる。ゴッホの絵がそうであったように、どこまでも愚直に、真正面からゴッホを描く。だから、今作はゴッホの魂が乗り移ったように感じ、胸を打つ。

主演のカーク・ダグラスは、狂気を演じたのではない。むしろ、ゴッホの中にある童心、無垢、衝動、そして“描きたい”という叫びのような純粋さを爆発させた。弟テオを「フィオ(Fee-oh)」と呼ぶその声に、どれほどの愛情が込められているか。ゴッホ美術館を訪ねたときガイドしてくれたファニー(Fannie)という女性も、テオを「フィオ」と発音していた。その発音には、兄弟だからこそ響き合う尊敬と愛情がある。

そして、 ジェームズ・ドナルド演じるテオは、兄への想いが、盲愛でも犠牲でもなく、本気でゴッホの絵力を信じていたことが伝わってくる。ただそこに、信頼だけがある。

本作では、ゴッホの絵画が随所に登場する。"彼ら"は、ゴッホの魂が宿った生きもの。役者よりも、脚本よりも、雄弁に、ゴッホを語ってくれる。その引き出しが、監督のヴィンセント・ミネリは抜群にうまい。

「死は明るい真昼に現れる。太陽の金色の光があたりに満ちるときに」

ゴッホが麦畑の絵を描きながら、シスターに言う。これほどまでに、ゴッホという絵描を捉えた名台詞を、他に知らない。

死は闇ではなく、光。崩壊ではなく、解放。この映画は、ゴッホの死を、静かに、美しく、輝かせている。

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