シネマの流星

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『リコリス・ピザ』〜未熟という永遠、宙吊りの時間に宿る旋律

『リコリス・ピザ』〜未熟という永遠、宙吊りの時間に宿る旋律

『リコリス・ピザ』(原題:Licorice Pizza)は、2021年公開のアメリカ映画(日本公開2022年)。監督・脚本・製作はポール・トーマス・アンダーソン。主演はアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン。1973年のサンフェルナンド・バレーを舞台に、年齢も立場も違う二人が織りなすぎこちない初恋と、その周囲に広がる混沌と熱気を描く。

原題“Licorice Pizza”は、1969年から1980年代後半にかけてカリフォルニア州南部で店舗を展開していたレコードチェーンの名前から取られたものである。

スタッフ

  • 監督・脚本・製作・撮影:ポール・トーマス・アンダーソン
  • 製作:サラ・マーフィ、アダム・ソムナー ほか
  • 製作総指揮:ジェイソン・クロース、スーザン・マクナマラ ほか
  • 音楽:ジョニー・グリーンウッド
  • 撮影:マイケル・バウマン、ポール・トーマス・アンダーソン
  • 編集:アンディ・ジャーゲンセン
  • 製作会社:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
  • 配給:ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング
  • 公開:2021年12月25日(米)、2022年7月1日(日)
  • 上映時間:133分
  • 製作国:アメリカ合衆国

キャスト

『リコリス・ピザ』〜未熟という永遠、宙吊りの時間に宿る旋律

  • アラナ・ハイム(アラナ・ケイン)
  • クーパー・ホフマン(ゲイリー・ヴァレンタイン)
  • ショーン・ペン
  • トム・ウェイツ
  • ブラッドリー・クーパー

主演はアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン(監督の盟友だったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子)が務めた。本作はハイムとホフマンの俳優デビュー作。

あらすじ

『リコリス・ピザ』〜未熟という永遠、宙吊りの時間に宿る旋律

1973年のロサンゼルス、サンフェルナンド・バレー。15歳の子役ゲイリー・ヴァレンタインは、学校で写真アシスタントをしていた25歳のアラナ・ケインに一目惚れする。年齢差に戸惑う彼女だったが、ゲイリーの突き抜けた情熱に引き寄せられ、二人は奇妙な関係を始める。ゲイリーはウォーターベッドの販売やレストラン経営など次々と事業を興し、アラナもそのたびに巻き込まれていく。奔放で野心的な少年と、将来に迷う大人の女性。二人の間には友情とも恋愛ともつかない距離感が流れ、何度もすれ違い、駆け引きが繰り返される。やがてアラナはゲイリーから離れ、市長候補の選挙陣営で働き始める。そこで大人の世界に触れ、自分の居場所を見出そうとするが、政治の表と裏に直面し、心は揺れ動く。一方ゲイリーも、子役としてのキャリアに限界を感じながらも、自分にしかできない生き方を模索していく。幾多の喧嘩や誤解を経て、二人はそれぞれの成長の先で再会する。その曖昧で危うい関係こそが、青春のただ中を映し出している。

映画レビュー:未熟さという永遠の居場所

『リコリス・ピザ』〜未熟という永遠、宙吊りの時間に宿る旋律

『リコリス・ピザ』は、青春を「まだ形にならないもの」として描く。恋愛でも仕事でも、夢や未来でも、はっきりと名前をつけられない状態が映画全体を支配している。ゲイリーは少年でありながら大人の真似をし、アラナは大人でありながら子どものように迷い続ける。その逆説的な交差が、互いを引き寄せ、また遠ざける。
二人の関係は決して「完成」しない。恋に落ちるわけでもなく、友達で終わるわけでもない。ビジネスの成功も失敗も、そのたびに曖昧な余白を残す。盤上のコマが一歩進んでは戻り、また違う方向へ歩き出すように、二人の軌跡はジグザグと揺れ動く。
アンダーソンが描くのは、結論や成就ではなく「宙ぶらりん」の状態に宿る真実。人は未熟さを消すことで大人になるのではなく、未熟さを抱えたまま歩き続ける存在である。
リコリス・ピザという奇妙なタイトルが示すのも、甘さと塩気、軽さと重さ、矛盾するものが同居する不思議な味わいだ。ラストで二人が再び駆け寄る場面は、恋の勝利宣言ではなく、未熟さを肯定する瞬間。結末に至ってもまだ彼らは揺らぎの中にいる。
その揺らぎこそが青春の本質である。
『リコリス・ピザ』は、青春を「答えのなさ」として描く。だからこそ観る者は、自分がかつて抱えた未熟さや矛盾を呼び覚まされる。甘くて苦くて、手触りの残る作品だ。
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