- 監督・脚本・製作・撮影:ポール・トーマス・アンダーソン
- 製作:サラ・マーフィ、アダム・ソムナー ほか
- 製作総指揮:ジェイソン・クロース、スーザン・マクナマラ ほか
- 音楽:ジョニー・グリーンウッド
- 撮影:マイケル・バウマン、ポール・トーマス・アンダーソン
- 編集:アンディ・ジャーゲンセン
- 製作会社:メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
- 配給:ユナイテッド・アーティスツ・リリーシング
- 公開:2021年12月25日(米)、2022年7月1日(日)
- 上映時間:133分
- 製作国:アメリカ合衆国
キャスト

- アラナ・ハイム(アラナ・ケイン)
- クーパー・ホフマン(ゲイリー・ヴァレンタイン)
- ショーン・ペン
- トム・ウェイツ
- ブラッドリー・クーパー
主演はアラナ・ハイムとクーパー・ホフマン(監督の盟友だったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子)が務めた。本作はハイムとホフマンの俳優デビュー作。
あらすじ

1973年のロサンゼルス、サンフェルナンド・バレー。15歳の子役ゲイリー・ヴァレンタインは、学校で写真アシスタントをしていた25歳のアラナ・ケインに一目惚れする。年齢差に戸惑う彼女だったが、ゲイリーの突き抜けた情熱に引き寄せられ、二人は奇妙な関係を始める。ゲイリーはウォーターベッドの販売やレストラン経営など次々と事業を興し、アラナもそのたびに巻き込まれていく。奔放で野心的な少年と、将来に迷う大人の女性。二人の間には友情とも恋愛ともつかない距離感が流れ、何度もすれ違い、駆け引きが繰り返される。やがてアラナはゲイリーから離れ、市長候補の選挙陣営で働き始める。そこで大人の世界に触れ、自分の居場所を見出そうとするが、政治の表と裏に直面し、心は揺れ動く。一方ゲイリーも、子役としてのキャリアに限界を感じながらも、自分にしかできない生き方を模索していく。幾多の喧嘩や誤解を経て、二人はそれぞれの成長の先で再会する。その曖昧で危うい関係こそが、青春のただ中を映し出している。
映画レビュー:未熟さという永遠の居場所

『リコリス・ピザ』は、青春を「まだ形にならないもの」として描く。恋愛でも仕事でも、夢や未来でも、はっきりと名前をつけられない状態が映画全体を支配している。ゲイリーは少年でありながら大人の真似をし、アラナは大人でありながら子どものように迷い続ける。その逆説的な交差が、互いを引き寄せ、また遠ざける。
二人の関係は決して「完成」しない。恋に落ちるわけでもなく、友達で終わるわけでもない。ビジネスの成功も失敗も、そのたびに曖昧な余白を残す。盤上のコマが一歩進んでは戻り、また違う方向へ歩き出すように、二人の軌跡はジグザグと揺れ動く。
アンダーソンが描くのは、結論や成就ではなく「宙ぶらりん」の状態に宿る真実。人は未熟さを消すことで大人になるのではなく、未熟さを抱えたまま歩き続ける存在である。
リコリス・ピザという奇妙なタイトルが示すのも、甘さと塩気、軽さと重さ、矛盾するものが同居する不思議な味わいだ。ラストで二人が再び駆け寄る場面は、恋の勝利宣言ではなく、未熟さを肯定する瞬間。結末に至ってもまだ彼らは揺らぎの中にいる。
その揺らぎこそが青春の本質である。
『リコリス・ピザ』は、青春を「答えのなさ」として描く。だからこそ観る者は、自分がかつて抱えた未熟さや矛盾を呼び覚まされる。甘くて苦くて、手触りの残る作品だ。