
『エルネスト』は、2017年に公開された日本・キューバ合作の青春伝記映画。監督は阪本順治。主演はオダギリジョー。
チェ・ゲバラと共に革命に身を投じた日系ボリビア人、フレディ・前村・ウルタードの生涯を、姉弟による伝記『革命の侍』をもとに映画化している。
実話を下敷きに、医学生から革命戦士へと変貌していく青年の「生きる意味」を、キューバの陽光とボリビアの土の匂いの中で描く。革命という歴史的事象ではなく、“なぜ人は命を賭けて他者のために生きようとするのか”を問う、阪本順治による静かで深い人間の叙事詩である。
スタッフ

監督・脚本:阪本順治
原作:マリー・前村・ウルタード、エクトル・ソラーレス・前村
(『革命の侍〜チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯』より)
製作:椎井友紀子、アルマンド・アリベラ・ノダルセ
製作総指揮:木下直哉
音楽:安川午朗
撮影:儀間眞悟
編集:普嶋信一
製作会社:キノフィルムズ、RTV COMERCIAL
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:2017年10月6日(日本)
上映時間:124分
製作国:日本・キューバ
キャスト

フレディ・前村・ウルタード(エルネスト):オダギリジョー
森記者:永山絢斗
チェ・ゲバラ:ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ
フィデル・カストロ:ロベルト・エスピノーサ・セバスコ
グスタボ:ルイス・マヌエル・アルバレス・チャルチャバル
ホセ:アルマンド・ミゲール
アレハンドロ:ヤスマニ・ラザロ
ハシント:ダニエル・ロメーロ・ピルダイン
ルイサ:ジゼル・ロミンチャル
ホアキン:アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス
タニア:ミリアム・アルメダ・ビレラ
ベラスコ:エンリケ・ブエノ・ロドリゲス
矢口:田中幸太朗
朝山:深海哲哉
あらすじ

1959年夏、キューバ革命から半年後。革命政府の使節団として来日したチェ・ゲバラは、予定を変更して広島を訪れる。平和記念公園に佇むゲバラの姿は、戦争と人間の愚かさを越えて“生命の尊厳”を見つめる眼差しに満ちていた。
その3年後、1962年秋。ボリビアにルーツを持つ日系青年、フレディ・前村ウルタードは、医師を志してキューバへ留学する。キューバ危機の緊張が走る中、フレディは貧困と病に苦しむ人々を目の当たりにし、「医療とは何のためにあるのか」と問い直す。やがて彼は革命の象徴であるゲバラと出会い、その精神に惹かれていく。
1964年、祖国ボリビアで軍事クーデターが勃発。祖国の現実を前に、フレディは医師としての道よりも「人を救うために戦う」という選択を取る。キューバ政府が募集した革命支援隊に志願し、ゲバラから“エルネスト”という名を授かる。それは、ゲバラの本名でもあり、同志としての象徴でもあった。フレディ=エルネストは、銃ではなく信念を手に、ボリビアの山岳地帯でゲリラ活動に身を投じる。やがて彼の生は、革命という理念の中で、ひとつの祈りへと昇華していく。
映画レビュー:『エルネスト』—革命という名の祈り

太陽の光の中で、銃ではなく信念を掲げた青年がいた。
『エルネスト』は、英雄の伝記ではない。
それは、一人の青年が「自分の名前を捨てるまでの物語」である。
フレディ・前村は、ボリビアに生まれ、キューバで学び、ゲバラに出会う。だが、どこにも完全に属することができない“境界の人間”だ。ボリビアでは「日本人」と呼ばれ、キューバでは「ボリビア人」と呼ばれる。常に他者の言葉で定義され、自分自身の言葉を持てない。
革命に身を投じ「エルネスト」という名を与えられたとき、初めて“自分の名前”を手にした。皮肉にも、それは、自分でない誰かになることで見つかる「本当の自分」だった。
阪本順治の演出は、決して熱を上げない。銃声よりも沈黙が響く。それは「革命」を描くための沈黙ではなく、「信じる」という行為そのものの沈黙だ。フレディがゲバラに魅了されるのは、思想ではなく「他人の痛みを自分の痛みとして生きる力」だ。
物語の後半、フレディはキューバを離れ、ゲリラとしてボリビアの山中に入る。
そこには勝利も名誉もない。あるのは、飢えと孤独、そして信じるという行為だけ。
オダギリジョーの演技は、内側に光を宿している。激情ではなく、燃え残る火のような熱。その眼差しには、革命家ではなく、「まだ何者にもなれない青年」の孤独がある。
『エルネスト』は、戦いや死を描く映画ではない。「人がなぜ他者のために生きようとするのか」という根源的な問いを描く。名を捨て、国を捨て、そして己の死を受け入れた青年は、消えるのではなく、“誰かの中で生き続ける”という形で再生する。
革命とは、世界を変えることではなく、人の心に火を移すことだ。
“エルネスト”となった瞬間、それは「革命家の誕生」ではなく、「ひとりの人間が、他者のために生きることを選んだ瞬間」である。それは政治でも、戦争でもない。
『エルネスト』とは、信じることの孤独と美しさを描いた、極めて静かな革命映画である。血ではなく、沈黙で世界を染める。その沈黙の中にこそ、最も激しい叫びが響いている。
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チェ・ゲバラの映画