
『犬の生活』(原題:A Dog’s Life)は、1918年公開のアメリカ映画。チャールズ・チャップリンが主演・脚本・監督・製作を務めたサイレント短編であり、ファースト・ナショナル社との契約第1作となる。タイトルの “A Dog’s Life” は「犬のような人生」「みじめな生活」を意味するが、チャップリンはその言葉を、貧しさの中にある“共に生きる力”として描き直した。
スタッフ
- 監督・脚本・製作・音楽:チャールズ・チャップリン
- 撮影:ローランド・トザロー、ジャック・ウィルソン
- 配給:ファースト・ナショナル・ピクチャーズ
- 公開:1918年4月14日(米)/1919年7月(日本)上
- 映時間:33分
当初は『心配無用』というタイトルだったが、チャップリンによって『犬の生活』に変わった。
キャスト

- チャールズ・チャップリン(放浪者)
- エドナ・パーヴァイアンス(酒場の歌手)
- マット(犬のスクラップス)
- シドニー・チャップリン(屋台の主人)
- アルバート・オースチン(強盗)
- ヘンリー・バーグマン(警官)
スクラップスを「演じた」マットはチャップリンになつき、チャップリンがツアーでいなくなると悲しみのあまり食事をとらなくなり亡くなった。マットの亡骸はスタジオ内に埋葬され、その墓碑には「マット、4月29日、傷心によりて死去」と記された。
あらすじ

放浪者(チャップリン)は職を得るために職業安定所に行くが、失業者仲間との争いに負けて職を得られなかった。その帰途、野良犬の群れにいじめられている一匹の犬を助け、「スクラップス」と名付け一緒に生活する。路地の屋台で盗み食いをしつつ生活を共にし、仕事を探して失敗を繰り返すなか、チャーリーは酒場で歌う女性・エドナと出会う。エドナは店の主人や客たちから不当に扱われていた。
ある日、スクラップスが地面を掘り返し、強盗が埋めた財布を見つける。チャーリーはその金でエドナと逃げ出す計画を立てるが、強盗に狙われてしまう。揉み合いの末、チャーリーは財布を取り返し、エドナと共に店を抜け出す。最後は、三人で郊外の小さな家に向かい、新しい生活を始めようと歩き出す。
映画レビュー:犬と人間の間にある小さな誠実

『犬の生活』は映画史におけるひとつの到達点である。チャップリンの中でも最高傑作のひとつであり、映画史は『犬の生活』以前と以後とに分けられる。
放浪者チャーリーと野良犬スクラップス。この二匹の出会いは、対等な魂の交わりだ。社会の外に弾かれた者同士が、同じ路地で眠り、同じ皿から食べ、同じ方向へ歩いていく。そこに言葉は要らない。
やっていることは犯罪であり、ルール違反だ。屋台の主人の目を盗んでパンをかすめ取り、動物禁止の飲食店には犬をズボンに突っ込んで入る。その反体制の身ぶりを、観客は応援し、成功したときには拍手喝采。そこにあるのは狡猾さではなく、「生きる知恵」と「誰かを慈しむ心」だ。
スクラップスが群れに追われている姿を見て、チャーリーは助ける。その一瞬に“人間らしさ”が光る。その優しさは、世界から見れば何の意味も持たない。失業者は増え、職はなく、金もなく、誰からも必要とされない。それでもチャーリーは笑いながら、犬とともに生き延びる。
チャップリンのカメラは、常に地面に近い。貴族の屋敷でも、舞踏会でもなく、泥に足を取られる路地や、埃だらけの市場が舞台になる。カメラの高さが低いほど、世界は人間的になる。その高さにこそ、犬の目線がある。チャップリンは“人間を撮る”というより、“人間と犬のあいだ”にカメラを置いた。その位置から見えるのは、社会の底ではなく、小さな温もりの積み重ねの世界。
スクラップスが埋められた財布を掘り当てる場面。偶然の幸運だが、それを“分け合う”ことで幸福になる。金を得ても、歌手エドナとスクラップスと共に笑い合う瞬間がなければ、それはただの紙切れだ。幸せは“誰と一緒にいるか”によってしか成り立たない。
この作品におけるチャーリーとスクラップスの関係は、主人と忠犬ではない。もっと深く、もっと水平な場所で結ばれている。「運命共同体」として走り、生き抜く。人と動物という枠を超えた、対等な生の並走者だ。
『犬の生活』はチャップリンの作品の中でも特に優しい。笑いのテンポの裏に、誰かを想う時間が流れている。放浪者と犬と女性。この三つの孤独が寄り添う姿に、チャップリンは人間の可能性を見ていた。
タイトルの “A Dog’s Life” は皮肉ではない。それは“犬のように、誠実に生きる”という意味に転じる。世界は残酷だが、隣に誰かがいれば生きていける。泥の中に落ちても、顔を上げて歩く。チャップリンはその姿を、笑いと涙のあいだで見事にすくい上げた。スクラップスの尻尾の揺れが、言葉よりも真実を語っている。
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